14 Dec. 2011

「世界遺産の街ホイアン到着編」

避暑地ダラッに後ろ髪引かれる思い残しつつ、快適な3日間過ごしたヴィラを後に・・・・・

車で30分程に在る空港目指しておりますが、彼方の雲海は此処が高地である事の証

珍しいのは今走っている道路、ベトナムでは稀少の有料道路 ¥130!

な、何と立派な空港ではないですか!

2012年にダラットで世界花博覧会開催されるので、それに合わせたインフラの充実振りは凄まじい

ダラットには空港無いので、こちらから

昨日のダラット観光のお手伝いしてくれた彼を指名しての本日のタクシー乗車、、、また来るけんね・・・

ベトナムではよくある空港内でタクシーの営業活動、決してホイホイ乗ってはいけません

彼の所属する ”マイリンタクシー” この会社は全国区、ドアに印てある

このマーク忘れずに・・・・・安全です

ターボプロップの小型機、ATR72型機にオンボード、、、

高翼機ならではの視界の良さ! それにつけても此の国の美しさよ!

ホーチミン着陸後

向こうのターボプロップ機からこちらのエアバス機に乗り換えて

つい数日前お世話になったサイゴンの街に別れ告げ

注 : 70階建て高層ビルのノッポ具合判ります?

本日の強行軍 ダラット⇒ホーチミン⇒ダナン⇒ホイアンです

午前7時過ぎのANAマンダラ・ダラット・リゾート出立より7時間・・・・・

ダナン空港から陸路30分程度でホイアンの目指す今宵の宿に到着!

当然ながら、気温はダラットに比べ少々高めですが長袖が丁度宜しいようです

「此処も相当気分ええですわ」

「此処で一休みしましょ」

落ち着いたら、、、先ずはホテル近辺をリサーチ・リサーチ・・・

フレンチ風ありの、中華風ぞくぞくアリーので興味津々!

この400年前に遡る歴史持つ家並み、、、素晴らしいです!

そしてなんと云っても魅了され、心底癒されるホイアンの日常生活 DNA的に云って日本人に一番近いベトナム人

ついつい買ってしまいましたバナナ一房、これがとても甘くて栄養満点!

只今チャンフー通りを西に向かっております

黄色マークは世界遺産の印

どちらかといえば中国人街、、、福建省からやって来て此の地で商売して財を成した人の館がそのままに・・・・・

「此の店の中見ません?」

ちょこっと入って中庭見せてもらったら、、、

見事におばちゃんの思う壺、、、「ついつい色々買うてもうた!」

これは木造の瀟洒な館

現在は貿易陶磁博物館となっていて公開中です

この館の2階から見る何気ない風景に心惹かれる

凝った造りの居間空間も見逃せないもの

再び通りを更に西へ・・・・・云うまでもないが此の界隈全て世界遺産!

決して箱庭のような造られた街ではなく、バイクはブンブン喧騒そのまま、日常が文化遺産なのである

16〜17世紀には日本人街も造られたという歴史、、、往時の日本人商人の活躍に思いを馳せつつ歩めば

一軒一軒、全ての館に一層の興味が湧くと云うもの

センスの良さも控えめで心地よい

「これ気に入った! どうやって持って帰ろうか?」 「嫁さんの許し貰えるんかい?」

何処も絵になるシーンの連続!

そして目指す一番のポイント着!

16世紀に、日本人により建てられた屋根付きの橋 通称「日本橋」

入ると先ず眼に入る ”お犬様鎮座”

橋の中央部、、、長崎出帆後40日でホイアン着、当時此の運河にも多くの日本からの貿易船が係留されていたのだろう

正式名称は 「来遠橋」

もう400年前の話だそうだ、、、通りの東側に日本人居留区、西には中華人居留区、この橋の両端で商売繰り広げたら

当然起こるであろう商売上のトラブル、この橋の中央のお堂が調停の場、なかなか優れた当時の感覚に驚き覚える

そして西側にお猿さん鎮座

勝手解釈すれば所謂 「犬猿の仲?」 一説によれば申年に着工、戌年に完工で設置されたとあるが、ここは私の説が正解!!!

日本橋渡った処で民族衣装の一団に遭遇!

「どちらからですか?」 タイ北方民族衣装の方々、、、私のチェンラーイ・チェンマイ旅の話で大いに盛り上がりました

こういった交流は編集長の十八番、、、飛行機の中・観光地・ホテル・レストラン何処ででも仲良くなって充実の旅継続です

当時のデザインセンスは秀でていた? むしろ現世よりよほど日本人は国際的だったのかもね?

落ち着いたホイアンのそぞろ歩き、、、益々ベトナムが愛しくなってしまいそうです

河の対岸へやって来て

正にこの光景、、、古人が帆船を操りトゥーポン川を遡ってホイアンに着いた時に最初に目にしたシーン

朱印船華やかりし頃を想像たくましくすると、、、これは当時の「日本町」が描かれている茶屋新六の貿易渡海図

トゥーポン川には舟、日本人住居には3階建ての家まで在る様子が明瞭(町の長さ3丁と絵にあるが・・・)

更に時代は8〜9世紀の頃、今の日本人感覚からすれば驚きの海の「シルクロード・ルート」

博多の「鴻臚館」 奈良の「正倉院」は此の地でも馴染みだったと思われる

但し、今のようにいつでも南航出来たわけではなく、秋も終わりの北風を利用し、北航は夏季に限られていた

乗り継ぎで、お昼抜きだったので 「いっぱい喰うぞ!」

灯点し時間帯いとおかし・・・・・

ホイアンが一層魅力的に感じられる

先程の日本橋、、、ここでちょっと故郷の話を

福岡の「鴻臚館、平安時代に設置された外交および海外交易の施設であるが、遺跡からはベトナム製陶磁器が出土しているのを見ても

いかに当時往来があったかを表す判りやすい証拠、ホイアンの日本人町の目撃記録は彼の三浦ウィリアム・アダムスによって書かれて

いるそうで、それによれば当時の日本人居留数は数百人を上まわったという、、、、、諸々興味は尽きないのである!

Good Shot!って、英国からのカメラ・オタクに褒められた一枚

先程の対岸の食事処を見るの図

ホテルへの戻り道はもう一つのグエンタイホック通りを通ってみよう

ここら一帯はフレンチ・クオーターと呼ばれるコロニアル風の館中心

今は旅籠!

急ぎホテル周りの散策し、、、念願のホイアン按摩サービス受け、部屋に戻って来ました

ふうーっ!?

オヤスミなさい・・・・・

そして南国の朝は早い、いや早過ぎ!?

椰子の木に登るお猿さんは見た事あるが、、、人間がよじ登って椰子の実落とすのは初見山!

落下中の椰子の実・・・

「しっかり受け取りましてん」

飲み易いように上部カットしてもらって、、、喉潤したので・・・

本日も行動開始! と行きましょう

続く・・・・・