20 Dec. 2011

「ミンマン帝廟墓参編」

念願のグエン王宮散策の後は、、、”フエ宮廷博物館”が近くにあるので行って見ると

人影が全く見当たらない!?

確か此処には違いないのだが・・・

グエン王朝時の宮廷での使用品が展示してあると、タクシー運転手も此処を勧めてくれたのだ

しかしチケット売り場はおろか館内は空っぽの体、もしかしてと案内板見つけたら 「今年中に工事完了予定」

これもこちらでは良くある事、怒りを込めてはいけません

ベトナム戦時の屋外展示品見て

待たせていた運転手に 「これは最高! フエに来て良かったといえるとこに連れてって」

「ようがすお連れします、ちょっとばかし遠いけど任せて下さい」

フエの中心街より約18KM、フォーン川沿いをさかのぼって到着の ”ミンマン帝廟”

塀の周囲歩む事10分余り、、、ようやくチケット売り場に辿り着いたが実感です

「世界遺産巡りも結構大変や!」 Fudeさんのデッキシューズ、すっかり水分吸収し足元は水浸し

初代ザーロン帝継いだミンマン帝(1820〜1841)は阮朝第2代皇帝、かなり個性的だったとか

この御門、ミンマン帝入門の際使用されただけで、以後開かずの門となっている

先ずはこちらの有名な石碑から・・・・・

「これですかあ?何か漢字が書いてあるようやけど」

帝の功績が細かに刻まれてある

ずずーっと、、、御陵のある西へ向かって進んでいますが そこかしこに修復中の箇所、世界遺産は気軽に復元とは行かない

3つのアーチ持つ ”顕徳門” 今春の修復完了が延びて未だやっている 

この門潜ってお次がメイン・・・・・

皇帝と皇后の位牌がある ”崇恩殿”

内陣は撮影禁止なので、、、この位で

奥の御陵への両側にも建屋 さりげない世界遺産

床の苔には注意が必要、、、こんな処で転んでも119番は通じない

ベトナム中部の特徴ある瓦積み、、、

思わずホイアンの博物館で見たこのサンプルを思い出した次第

さてさて、またもや重厚な門に向かっています

こちらからの絶景!

欧米の世界遺産のパンフレットに登場の”望楼”

写真では判りづらいかも、、、池には蓮が連なっている

望楼からはミンマン皇帝皇后が月見をされたとあるが、こちらの廟の着工が1840年、皇帝在位が1841年迄考慮すれば

記念すべき「お月見」

望楼出たらいよいよ確信部の御陵が見えて来ました

両サイドにはオベリスクの様な高い塔が

ミンマン帝は初代ザーロン帝のフランスとの友好関係を維持した政策を翻し、ベトナム国内の外国人を締め出す鎖国的姿勢を示し

加えてキリスト教も弾圧したため、フランスから厳しい干渉を受ける要因を作った、、、江戸時代髣髴させる出来事と大いに重なる

此処から先は神の領域、、、パワースポット流行の日本のガイド本に登場していないのが何より救い

心安らかに登壇させて貰い

念願の墓参・・・

この丘陵に眠る当時ベトナムで一番人気のミンマン帝に頭を垂れる暫しのひと時は荘厳な記憶

帝には500人!?も妻がいたとか、、、阮(グエン)朝が最も隆盛を極めた時代は此れを境に次第に弱体化の道を・・・・・

広大な敷地領域は、世界一誇る仁徳天皇陵に次ぐクラスのもの

「よく読むように!?」

ようやく開かずの門に戻って来て墓参の儀、滞りなく終える事叶いました

狛犬さんでしょうか? 今後も警護頼んだよ!

霧雨に煙る御陵、、、より我々に強印象与えてくれ、忘れ難き記憶のインプットと相成りました

気分爽快の散策、、、良く見たらほんの一部の散策だったのが判ります

待たせていた運転手さんに 「素晴らしかった! 善い所へ案内してくれた! ありがと!」

時間帯からして静寂のホテルロビー

部屋に戻ろうとすると・・・・・宴会場は喧々諤々、大盛り上がり!!!

も、もしかしてミンマンさん? 思わず声掛けてしまいました

ミンマン帝の若かりし頃は間違いなくこんな風貌してはったと勝手確信、ベトナムの未来象徴する新郎新婦の晴れ姿!

ダラット良し、ホイアンまた良し、フエにも魅了されっぱなしの二人の旅・・・・・

いよいよ確信の山行き段階に突入です!

続く・・・・・