23 Sep. 2010

国立航空宇宙博物館へようこそ

ウドヴァー・ヘイジー・センター(別館編 Part2)

続編の始まりです。

とに角広〜い、15000平方メートルいうたら4500坪、、、東京ドームグラウンドの1.2倍の面積に200機以上の

お宝飛行機がギッシリ・・・・・男なら、いや男でなくても興奮のルツボと化すこと請け合いの空間であります。

私の一番お気に入りの旅客機

”ボーイング307ストラト・ライナー” この広い博物館に自力でやって来たのはこの1機のみ、ボーイング社が修復・整備

行って、シアトル⇒ワシントンを飛行しこの別館に入ったという、何とも泣けてくるような夢の展示なのであります。

2階レベルから眺める胴体は、まるで大間の本マグロ!? 対コスト運航収入考慮された初の旅客機だったのでしょう。

これはMori君が詳しいのではないかいな? ”オスプレイ”もどきのBELLヘリコプター・・・教えて!

”ヴァージン・アトランティック グローバルフライヤー”

単独、無着陸・無給油での世界一周飛行の最速記録(時速590KM)保持ターボファン機

翼幅35Mは圧巻!

乗員お一人様だけ

「凄いねえ〜、参ったねえ」 もうすっかり馴染んだ筈の監督、またもや同じフレーズ云うてはります。

コンコルド様ですが・・・アメリカが手を出さなかった分野、英仏共同合作した超コスト高機、残念ながら就航路線から消え去りました

この機体、エールフランスから寄贈されたもの。 パリ⇒ニューヨーク第一便の栄誉ある歴史のほんまもん!

パリ郊外、ル・ブールジュ空港にある航空博物館のコンコルドは雨ざらし陽ざらし、見るに耐えぬ物だっただけに、これは美しい!

太っ腹! と驚くよりも保管に金かかるのは明白、落ち着き場所があってコンコルドさん良かったね!

この翼面積で飛ぶのかい?

これも此処別館垂涎の機体、”ロッキード スーパーコンステレイション”

独特の3枚尾翼を持つ、美しいプロポーションの機体で人気を博すも時代の流れで短命、レシプロ機の黄金時代の最後を飾った。

「何でわざわざ3枚なん?」 「1枚にすると垂直尾翼高過ぎて既存格納庫に入らないのさ」 「あっそう、納得」

くびれた胴体に長い脚、、、空飛ぶ貴婦人さながらの優雅な曲線美、見るだけでも大いに愉しませてくれる。

一見、おもちゃ箱ひっくり返したような展示の仕方だけど、非常に巧みに配列されていて、見る者の視線まで考慮に至っては感服!

”紫電改” と ”サンダーボルト”

”晴嵐” と左に 翼の付いていない”屠龍”、空の要塞B-29をかなりの数撃墜した

”月光”、おそらく世界唯一の現存機

コレも別館のお宝の一つ、、、ロッキード社の”ブラック・バード”、マッハ3.3を記録した冷戦時代の偵察機

その後部よりのショット

これから先は宇宙関連の部屋

NASAのスペースシャトル1号機、一度も宇宙には旅立っていないが747ジャンボに背負られて、高空で切り離されたテスト機

これがシャトルの心臓部、、、

宇宙より帰還するカプセルの底面、火の玉となって地球に突入の際の焼け焦げた跡、生々しい!

このようにして無事帰還したカプセルは、洋上にて回収されパイロット(アストロノーツ)は右のアルミ箱・・・

”MOBILE QUARANTINE FACILITY” (移動検疫施設)に閉じ込められる。未知の細菌検査の為に65時間、お察し申し上げます

通常航空機とは全く違うシャトルの表面、耐熱タイルのモザイク貼り!?

「とても面白か」

再び航空機フロアに戻って来て・・・・・

旧ソビエトのミコヤン・グレヴィッチ、通称ミグでお馴染み機体2種

Mig-21、第4次中東戦争の際、エジプト軍のミグ機はイスラエル軍のF-4を撃墜

Mig-15、ドイツ空軍の資料から急遽製作、朝鮮戦争当時はアメリカ軍あわてさせた機

こちら、お馴染みノースアメリカン F-86Aセイバー、押収した旧ドイツ軍戦闘機計画からヒント得た機

ロッキード ”シューティング・スター”

時代は飛んで、、、グラマン ”トムキャット”

ロッキード ”F-35B”

なぬ!? 懐かしいヘリやないかあ、、、シコルスキーUH-34D

ベル イロコイス ”ヒュイスモーキー”

ヘリのベストセラー機 ”ジェットレンジャー”

中でもこれは凄い奴!?

世界初のヘリによる世界一周達成!

マニアックな監督、 「こういった展示は嬉しいねえ」

とんでもないエンジンなんです・・・・・

ライカミング社の

127,000CC 5,000馬力!!!

ぐるーっと一周して、ブラック・バードまで戻ってきましたが・・・・・

「ちょっとMap見るけん待って」 「未だありそうやねえ」 「古典機も、、、そうやったグースにも対面せないかん」

此れより古典機コーナー、、、

最近の航空機のように画一化されたデザインと違う、独創性溢れるものばかり

黎明期はお国柄が前面に出て

興味深々たるものアリ

こんな奇抜な戦闘機で空中戦とは、ノスタルジックな時代もあったという証拠

コレ、お宝です!

”ラングレー・エアロドームA”、もちろん飛ぶ積りであった。

資料によれば
サミュエル・ラングレーは「エアロドロームA」という有人機を完成させた。当時としては大馬力の52馬力のエンジンを積んでいた。
そして1903年10月7日、エアロドロームAは、ポトマック河畔で飛行実験を行なうが、尾翼を発射台に引っ掛けてしまい、すぐ
墜落してしまった。2か月後の12月8日、再びポトマック河畔で実験を行なうが、またも墜落してしまった。
失敗の原因は、エアロドロームAの機体そのものであった。驚くべきことにエアロドロームAには、何と、車輪、フロート、方向舵、
昇降舵、着陸装置といった操縦に必要な器具が、全く装備されていなかったのである。

サミュエルが失敗した僅か9日後の1903年12月17日、かつてサミュエルが飛行機の資料を提供した、自転車屋のウィルバーと
オービルのライト兄弟が開発した飛行機が、キルデビルヒルズで人類初飛行に成功したのである。

事実は小説よりも奇なり・・・・・

あれから1世紀、誰がここまで航空機の発展予測したでしょうか?

おや、スホーイ君 「模型そっくりやね」!?!?

監督!

後ろにあるアレ、アレよ!

グラマンG-21 ”グース” 水陸両用輸送機

愛嬌溢れる機体、1937年の初飛行から73年、今尚現役で使用されている頑丈なもの。

消耗の激しい水陸両用機でありながらこれだけ長期に耐えられたのは正に設計と製作技術の素晴らしさの証

飛行船の乗員・乗客居住区、推進エンジン付き

”ファルコン”、小型ビジネスジェット、国際宅配便フェデラル・エクスプレス一号機、初受注は僅か6個の荷物だった

これは何だ!? まさか修理中じゃなかろうね?

着陸して、ぺラを外して切り離し、後は自動車よろしくハンドル切って帰宅? こんな発想するお方どんな人?会って見たい是非!


もう一度、廻って来たのはやはり、”ストラト・ライナー号”

「よかろう?」

飛ぶ気になればいつでも飛行可能な、この館唯一のスタンバイ機! 

「凄いばい」

お別れ前にもう一枚! 忘れる事のないようにしっかとインプットしました。

我等の工房の増男君見たら、涎垂らすの必至の”ユンカース”

これ又見事な保存!

皆さん航空博物館的な処に行く機会あったら是非見てください。

残骸物的な展示されているのが殆んどで、嘆かわしいものあります。 歴史的展示なら良しとしましょう、しかし飛行機が可愛そう。

そして最後は再び ”エノラ・ゲイ”

松本監督にとっては忘れがたきB29・・・・・正に、このエノラゲイ機による直撃!

昭和20年8月6日広島で原爆の空襲受け、九死に一生を得た記憶が甦るのは偲びがたき事

私の言葉で軽々に語り尽くせぬこの瞬間。 感慨もって写したこのショット!

夢ではない、、、此処はスミソニアン航空博物館別館

ツアーでない、個人で訪れた齢八十の、ウドヴァー訪問!

「とてもじゃないけど、、、言葉にならん
感激!生きとって良かった、来て良か
った。被爆で他界した友人に見せたか
った。館内の、他の見学者には判らん
複雑な気分、、、でも、それでよかと」

「もうよかよ、納得した」 「じゃあ戻りましょう」

こうして、監督夢の航空宇宙博物館別館訪問はつつがなく終了しました。