19 Oct. 2010

”Holiday in Boston” The Museum of Fine Arts, Boston (ボストン美術館) Part6 最終章

長々と、ボストン美術館案内やっていますが、そろそろ纏めの段近づいて参りました・・・・・

パティオにて炭酸水でリフレッシュ!

睡魔から覚めて、、、こちら、、、「ミレーの部屋」ですが

この

一室だけでも立派な特別展開催できるお宝部屋

ミレー自画像のお迎えで

彼の作品群見せてもらいましょう

「私は、農夫の中の農夫である」 貧困の極みにあって尚農民画家たらんとした彼の人生哲学か?

ゴメン! 名作にびびったか?

ピンボケスタートお許しの程  随分前にオルセー美術館で見た絵の原画、、、”落穂拾い” それを糧にしている苦しい生活を表現しています

前回レポートで紹介した”種をまく人”のデッサン画

この題材は、キリスト教でイエスを「種撒く人」として表現したことを根拠にしています

どうも寝起きは焦点ままならず・・・

柔らかで心地良い彼独特の絵画手法は、鑑賞者の気持ちまで和らげてくれます

寝惚け気味の眼が再び閉じてきそうな、そんな気分での鑑賞スタイル・・・

彼の二番目の妻カテリーヌ


30年間連れ添って9人の子宝に恵まれて・・・・・

この肖像の親密さは、彼女の優しい顔、粗いショール

および緩く集まっている髪に落ちながら、かなりの部

分で光の敏感な描写に拠っています


”種をまく人”同様、耕された土で塗っているかのような絵

”土耕す男”

”タンポポ” 、パステル画

見逃されがちな草原の小さな草花、、、、、それを巧みに拡大するミレーの技により「風景画」となって具現化

”昼下がりの休息”

ミレーは、しばしば宗教上係わったバルビゾンの地を訪れ、農業従事者の生活にわが身を置いた 午前中は畑を耕し、その後絵を描くという風に・・・

”収穫者の休憩”

観る者に、、、作者を含む農民のつつましい生活の困難さと、それにも拘らず示される威厳に共感を抱かせる。

晴れやかな光は神秘の光!

「ヘロデ王から逃げてエジプトへ向かうマリアとヨセフの伝統的なイメージ」 とのコメントが読める

さらに続けて、、、正面から光が当たっていません これは人物をより立体的に表現する効果があるのです

人物を立体的にそして強調するために背景があまり描かれていないのが特徴的です・・・・・納得!

もう何もコメントの要なき絵画・・・・・

ミレーの評価が高くなったのはフランスではなく、アメリカだった

アメリカでミレーの絵画は絶賛され、ミレーは46歳でようやく貧困から抜け出せた

1875年、長年住んだバルビゾンで家族に看取られながらこの世を去った、、、、、よかった安心した!

これにて「ミレーの部屋」退室させてもらいます

「ピカソの部屋」通って・・・・・

古典絵画部屋に戻り、、、700年前に描かれたイコンとご対面

シエナ派絵画の代表作、以後200年宝石のような色彩と優美な線を主体とする様式は伝承する。

心安らかになった処で申し訳ありません!?

本館最後の絵画となりますが、、、、、何と衝撃的な絵!!!

500年前の ベルナルディーノ・ルイー二作 ”Salome with the Head of Saint John the Baptist”

ヘロディアの娘サロメが踊りを披露し、それに感激した国王ヘロデが 「なんでものぞみをかなえてあげよう」 と請け合う

母親に相談したサロメは、「それでは・・・洗礼者ヨハネの首」 と答えますとあるが、、、、、聖書良く理解してない者にはちょっとネ!?


絵画鑑賞終了後は未だ見ていない「古代ギリシャ」部屋から・・・・・

2550年前の戦闘具

青銅縁どりの木製シールド

”ライオンと牛の決闘” 2400年前のものイランで発掘

何とも微笑ましい2500年前のテラコッタ! シシリーで発掘

馬上の主人追いかけるワンちゃん

2500年も前からフルートや竪琴でアンサンブル組んでいたとはねえ、、、、、むしろ現代より心は豊かだった証拠?

卑弥呼よりずっと昔、我が国の縄文〜弥生時代である、、、すでにかような文化確立していたギリシャ・ローマのレベルに驚き隠せないものあり。

”納骨壷”

ヘレニズム時代(2300年前)のもの、壷にもともと色彩があり、残存確認できる顔料は貴重な資料。

ギリシャ戦士の姿描かれた ”混合陶磁器鉢”

冒頭のシールド描かれたアンフォラ

3400年前ミノア文明時代の

”埋葬用柩”

「ライオン」は伝統的に戦争と破壊のシンボル、皮肉にも同時に愛のシンボルでもある。

「度々登場するのジャ!」

よく見かける授業風景、、、OKサインのお前! 先生の云う事ちゃんと聞け!

洋の東西普遍の図!?

此処はエジプト関連の部屋・・・・・

3600年前の墓所の埋葬室の復元である

新王朝時代(3300年前)になってもはやファラオの大ピラピッドは構築されてはいない。 

しかしながら、かようなピラミッド・シェイプは王家ではない裕福な層に受け、個人のお墓で使用されていた。 

早期ローマ朝(2000年前)の、金粉装飾の豪華絢爛ミイラのマスク、ガラス象嵌

エジプトがローマに支配されても尚、独自の伝統的な埋葬儀式への拘りは続いた・・・・・

若くして他界した女性のミイラマスク、、、装飾品の数々金箔で描かれていて往時を偲ばせる。

4500年前のサッカラ神殿壁面

石灰岩に彩色施された当時のままだ!

青色塗料の痕跡確認の4000年前王家の柱

ハヤブサの描かれたレリーフ 

朝からずーっと此処ボストン美術館に滞在、、、、、まだまだ見てない部屋多々

持参のチケットで後9日間観覧可能と思えば何も焦る事はない。

”ネムスタートネルの埋葬品群” 2500年以上前の墓から1894年に手付かずのまま発見。 入念な木製三重棺+ミイラは死者の来世の安寧を祈るもの。

遺体を生前同様保存の為に要した日数は3ヶ月、、、内臓は別途保存し、塩で洗われた体は充分乾燥の後、亜麻布で巻く。

都度儀式・儀礼伴っているので90日、、、理解できます。

この重厚な立像にお別れして・・・・・

でも、どうしても頭から離れられぬ一点、、、気になります。

もう一度、、、と、向かった先は、2500年前エトルリア時代の ”石棺彫刻”

館内で見たどんな絵画・彫像・古文書をも凌ぐ、無名の男女の横たわる姿・・・・・石棺を、一巡り・二巡り、、、充分心満たされ心置きなくMFA後に・・・・・

ボストン美術館をフェンウェイ球場側の裏口より出ます。

これも何処かで見た記憶ある子供の像、眼閉じたのと開いたの2点、、、、、枝垂れ桜満開時ならそれは見事でしょう。

フェノロサ、岡倉天心ゆかりの美術館、日本庭園も立派に維持管理されていて安堵の気持ち。

ぐるっと廻って正面玄関、、、、、人っ気全くありません。 いつでもゆっくり見れるからね、、、合衆国の貴方達、ほんま羨ましかあ〜!

所蔵総点数50万点、、、上野の国立西洋美術館110館分!

もの凄い数々のコレクション、これを系統だって紹介するだけでも至難の業!

退館直後の今、頭の中の整理出来かねておりますが

ホームページのレポート掲載する頃には少しは冷静に振り返る自分がいるかも知れません。

此処当分、、、美術館訪問は無しだよね、消化し切って無い状態での絵画鑑賞は不謹慎だと思います。

「合衆国東海岸レポート」の数々・・・・・長々とお付き合いくださって、本当にありがとうございました。

深謝!!!