06 Nov. 2015

「舞鶴あたり」・・・・・さすさら


4日水曜日。舞鶴若狭道を走るのだ。
    編集長も、そろそろ退院なのだ。
    このレポートが熊本支局にて編集される最後かも・・・
 

なつかしいのだ。ここは。
 

六人部と書いて何と読むか?難しいのだ。
 

神戸の自宅を出て、2時間ほど。舞鶴西ICで降りたのだ。
 

ここは。
 

西舞鶴駅前にある太鼓堂なのだ。
 

北に伊根町があるのだ。
 

ここに6人が集合したのだ。元の勤務先の同期会なのだ。
 

自衛艦を横目に。
 

舞鶴といえば、板硝子と自衛隊なのだ。
 

まずはここ。
 

これなのだ。
 

よく読むように。
 

 

 

これが来ると・・・
 

これが有名なのだ。
 

紙の代わりに白樺の皮に書いているのだ。
 

奇跡的に没収を免れたのだ。
 

 

 

雪のシベリアは零下40度なのだ。
 

 

この人です。
 

1隻で2000人が帰って来たのだ。
 

舞鶴港なのだ。
 

 

300円。
 

涙が出るのだ。
 

 

いいところなのだ。
 

 

これです。
 

この二人はここにあった寮にいたのだ。
   今は空き家。
 

ここに勤務したことはないが、出張でよく来たのだ。
   懐かしいのだ。
 

今夜のお宿はここ。
 

そう、福井県なのだ。舞鶴から車で30分。
 

記念撮影。
 

風呂上りに一杯。食事前なので、少しだけにしたのだ。
 

さあ、宴会だ。
 

ズワイガニなのだ。これは鍋に。
 

焼き蟹。
 

蟹をいやというほど食べたのだ。
 

ふぐのひれ酒。
 

もういらんのだ。いくらでも持ってくるのだ。
 

この刺身も旨かった。
 

カラオケなのだ。
 

 

おっちゃんたちは盛り上がるのだ。
 

蟹雑炊がまた旨かったのだ。
 

よく食べ、よく飲み、よく喋り、よく歌ったのだ。
 

翌5日朝。
 

昨晩の部屋での二次会の残骸。
 

7時に朝食。
 

舞鶴カントリークラブだ。
 

 

汗が出るほどの良い天気でなによりだったのだ。
 

カキフライ定食で昼食だ。
   昼からも健闘したが、スコアは言わないのだ。
 

無事ゴルフを終えて、ここは。
 

田辺城なのだ。左はゆうさいくん。細川幽斎(藤孝)ですね。
 

帰りに彼の家に寄ったのだ。38年間の東京勤務を終え、60歳でここ舞鶴の
   実家に戻って、農家をやっているのだ。
 

 

真っ黒のニンニク。手打庵でもやっていたのだ。
   健康にいいのだ。
 

ミズナと。
 

タマネギをもらったのだ。
   今がちょうど野菜がないので、今度は白菜と大根ができたら取りに来いとのこと。
   この前は玄米を30kgもらって、カネを絶対に受け取らない、いいヤツなのだ。
 

コーヒーをよばれて。
   この後、無事に夕方に帰宅した、楽しい同期会だったのだ。
 

以上