30 Nov. 2016

火山と歴史

 

                 k.mitiko

 

 

2011311日に起きた東日本大震災は、日本の観測史上最大

規模の地震で、大きな災害を引き起こしました。

その影響で各地の火山が反応しはじめましたが、大部分は収まった

とは言え、その後断続的に火山噴火が続き、日本列島は地震や

火山噴火の活動期に入ったと言われています。

 

それ以来私は世界有数の地震列島、火山列島の日本で何故長い歴史と

独自の伝統を保持し、高い人口密度のもと豊かな文化を育くんでこれた

のか、その謎を知りたいと思っていました。先日、石弘之氏の「歴史を

変えた火山噴火」を読んで「目からうろこ」「逆転の発想」という経験を

しました。

 

 

東日本大震災は東北日本が乗る陸側のプレートが、日本海溝に沈み込む

太平洋プレートによって引きずり込むことによって発生しました。

 

 

地球の表面の地殻は、厚さ100kmの十数枚のプレート(岩盤)で

覆われており、プレートの移動によって地表は激変し、火山の噴火や

地震が起きています。日本は四つのプレートの上に位置しており、

日本が地震国で火山国なのは、この入り組んだプレートのためと

言われています。

 


115日は国連で「ツナミデー」と定められれ、地震による津波は

国際用語になりました。地震災害がクローズアップされる割には

火山噴火は注目を浴びませんが、本当に恐ろしいのは火山の巨大噴火で、

その事実を伝えているのは過去の記録で、文明を壊滅させ、歴史を

変えた火山の巨大噴火について紹介したいと思います。これから

私が述べます内容はこの本の抜粋を引用する構成になります。

 

 

 

人類に影響を与えたトバ火山の噴火

 

 

今から7万4000年前、インドネシアのスマトラ島にあるトバ火山で

超巨大噴火が発生しました。過去200万年間で最大の火山噴火で、

その規模は、1980年にイエローストーン公園のセントヘレンズ山で

起きた大噴火の5000倍に達し、流れ出た溶岩の量はエレベスト山

2つ分に相当するほどだったと言われています。

 

 

 

噴火後のトバ火山

大気中に巻き上がった大量の火山灰やガスが日光を遮断して地球は

寒冷化し、初期人類は絶滅寸前まで追い込まれると言う大ダメージを

受け、その後の人類の進化に影響を与えたのではと言われています。

 

 

 

トバ火山噴火によるカルデラ湖

この寒冷化(火山の冬)から生き残るために人類は、このころ衣服を

発明したのでないかと言う説があり、逆に衣服が出現した7万年前ごろに

地球の気候が激変したことが知られています。その原因が73000年前に

大噴火を起こしたトバ火山ではと言われています。

 

 

 

縄文文化を壊滅させた鬼界カルデラ

 

 

鬼界カルデラの影響

今からおよそ7300年前、鹿児島市の南方およそ100kmの

島で激しい噴火が発生しました。それは現在も活動を続ける薩摩硫黄島を

火口の縁の一部とする鬼界カルデラで、直径20kmの噴火口をもつ巨大な

火山でした。

 

 

爆発の規模は噴煙柱が高度3万メートルまで立ち上り、それが崩壊した

火砕流は近くの屋久島や種子島を吞み込みながら100km放れた薩摩

半島にまで達しました。その噴火は過去1万年の日本火山史の中では

最大の噴火でした。

 

 

 

薩摩硫黄島

火砕流で破壊された鹿児島南部の場所には、日本最大、最古の縄文文化が

栄えていました。(上野原遺跡)そこには海洋民の存在を感じさせる世界

最古の船作り工具、貝殻文様の土器。独特の燻製施設や大量の石の炉跡、

最古の耳飾りや巨大な壷型土器など、不思議で謎に満ちた遺物遺構が

ありましたが、鬼界カルデラの火山灰は数メートル降り積もって縄文文化を

壊滅させてしまいました。

http://inoues.net/ruins/uenohara.html

 

 

 

文明を崩壊させたサントリニー島火山

 

 

 

サントリニー島の位置


噴火後のサントリニー島
 

紀元前17世紀、ギリシャ本土から南に200km離れたサントリニー島が

噴火し、高さ30mの津波がギリシャ本土やクレタ島を襲い、このため

クレタ島を中心に、エーゲ海に栄えていたミノア文明が大打撃を受け、

やがて衰退していきました。

 

 

 

発掘されたアクロティリ遺跡の壁画


3000年前の壁画

サントリニー島は噴火までは丸い島でしたが、巨大噴火によって島の

大部分が吹き飛び、陸地は三つの島になって残されました。残った島では

最大のものが三日月型のサントリニー島で島の三方が高さ300mの崖に

囲まれています。

 

 

のびやかな筆致の壁画


現在北九州の古代ギリシャ展に出品

1967年の発掘調査によってサントリニー島のアクロティリ遺跡から、

地中海のボンペイと称されるほどの出土品があり、なかでもフレスコ画の

優美さは現代でも高く評価されるなどこの地域には高度な文明が栄えて

いました。

 

 

 

鮮明な色彩


港にはいる船団

ギリシャの哲学者プラトンが記述したアトランティスのモデルはと

サントリニー島を含むこの地域のことではないかと言われています。

 

 

 

歴史上もっとも有名な火山ヴェスヴィオ火山

 

 

遠くにヴェスヴィオ火山

イタリアのナポリ湾にそびえるヴェスヴィオ火山は、紀元前からたびたび

噴火をしていましたが、西暦79年に大噴火を起し、ポンペイとヘルクラ

ネウムの町を一瞬にし埋め尽くしました。

 

 

ポンペイ遺跡の全貌

埋没したポンペイは、紀元1631年の噴火によってふたたび日の目を

見るようになり、それをきっかけに断続的に続けられた発掘によって

当時の建造物、公衆浴場、フレスコ壁画、モザイク画などが次々に

発見され、古代ローマ時代の風俗、生活、労働、娯楽、信仰などを

知ることができました。

 

 

 

鮮やかなポンペイレッド

とくに壁画に残る赤色は「ポンペイレッド」と呼ばれ、その鮮烈な赤は、

まさに奇跡としかいいようがありませんでした。金銀製の食器や工芸品も

目を見張る豪華さで、その秘密は、火山灰には乾燥剤の効果や湿気を吸収する

力があり、火山灰が町全体を隙間なく埋め尽くしたためと言われています。

 

 

 

悲劇的な遺体

一方で遺体を覆った火山灰が固まった後、閉じ込められた遺体が分解して

空洞が生まれました。そこに石膏を流しこむと死の瞬間の姿が浮かびあがり、

一瞬にして平和な生活を奪われたポンペイ市民の悲劇をまのたりに見ることが

できます。

 

 

 

西暦535年の謎

 

 

 

古文書(内容とは関係ありません)

西暦535年に地球規模の大異変が起きたことは、世界各地の古文書、年代記

伝承などを通して、異常寒波、自然災害、飢饉、疫病が発生し、その結果、

政変や文明の崩壊が起きたことが記されています。この影響は、その後しばらく

続いて「闇の時代」とも呼ばれ、過去2000年間で最悪の気候だったと言われて

います。

 

 

 

古文書

6世紀半ばに地球規模の異変があったことは歴史学以外にも地質学、古気象学

年代学などさまざまな分野の研究者から報告されてきました。この世界的な

異変は、火山の大噴火の可能性がもっとも高いと言われています。噴煙は空を

おおい、太陽はさえぎられ、やがて地球規模の大寒冷時代がやってきました。

 

 

 

古文書

その事実のが判ったのは、極地の氷雪層を分析して過去の大気の状態がわかった

ことが大きいと言われています。そこには過去に降った火山灰、大気汚染物質、

放射能物質が閉じ込められており、研究者が分析したところ、西暦535年~

534年の層から火山噴火に伴う噴出物の証拠が見つかり、また年輪年代法など

最新の科学的分析でもその事実が伝えられているようです。

 

 

 

古文書

北極圏と南極で噴火の証拠が挙がったことから、火山はその中間の赤道上に

位置する可能性が高いことがわかり、噴火の巨大さからみてインドネシア島と

スマトラ島の間にあるクラカタウ火山ではないかと言われています。この火山の

噴火の寒冷化(火山の冬)による影響は世界各地に広がりました。

 

 

 

古文書

その影響は同時代の世界各地に波及し、飛鳥時代の日本では535年~536年にかけて

大規模な飢饉や気候の寒冷化が起きています。この時代に百済から仏教が伝来しまし

たが、仏教の受け入れをめぐる権力闘争の結果、急速に仏教が普及しました。

 

当時の朝廷が伝統的な神道にかわり仏教を受け入れたのは、535年に始まった自然災害や

疫病流行による社会不安の解消のために仏教が必要とされたのではと言われています。

 

日本と同じように朝鮮も世界的な異常気象に巻き込まれ、難民となって多くが日本に

渡ってきたようです。

 

 

中国では厳しい寒波に見舞われ、「黄色い砂塵」(飛来した火山灰)が降り注ぎ、

自然災害や飢饉で社会や経済は大混乱に陥り、この混乱のなかで南北に並立していた

王朝から隋が統一国家を打ちたてました。

 

 

 

東ローマ帝国の版図

当時のローマ帝国は東西に分割後西ローマ帝国が滅亡し、東ローマ帝国が

勢力を拡大していました。535年から始まった大異変は、異常寒波による

食料不足は周辺民族の間でも深刻になり、東ローマ帝国内に侵入して

略奪に走りました。

 

この異常気象を追うように四度にわたってペストが大流行し、飢餓で体力や

免疫の衰えた人々襲い、東ローマ帝国では30万人が死亡する被害を受けました。

 

 

 

東ローマ帝国皇帝夫妻

そのペストの流行はヨーロッパ大陸を東から西に横断してイギリスにまで

広がり、約1億人が死亡してヨーロッパの人口が半減したと言われています。

 

 

 

テオティワカンのピラミッド

火山噴火による異変は中米や南米も襲い、メキシコ高地に栄えたテオティワ

カン文明を衰退させ、地上絵で知られるナスカ文明にも影響をあたえました。

 

 

 

クラカタウ火山の噴火(想像図)

西暦535年の大異変を起こしたクラカタウ火山は、その後もたびたび

噴火しましたが、1883年の大噴火でキノコ雲が27km上空ま噴きあがり、

このときの衝撃は19時間後には地球の反対側のコロンビアに達し、15日間で

7回も地球の表面を駆け巡りました。火災流は海上40kmを渡り、津波は

世界中に広がって行きました。

 

 

 

クラカタウ島の位置

クラカタウ火山の噴火は、多くの科学者によって噴火の仕組みからその

長期的影響や生態系の復活まで膨大な資料をもたらし、火山学が大きく

前進するきっかけになりました。クラカタウ火山の噴火後も世界各地で

噴火が続き、直接、間接に世界の歴史に大きな影響を与えてきました。

その状況は20世紀に入っても続き、現在にいたっています。

 

 

 

世界のプレート境界

日本は世界屈指の火山国ですが、火山は災害をもたらすだけでなく

富士山や阿蘇山ような優れた景観を造りだし、温泉も火山の贈り物です。

偉大な古代文明が誕生したのは、プレートの境界地帯と言われ、15の

古代文明のうち13までがプレート境界やその近くで栄えました。

 

 

 

地震や火山の仕組み

それは、巨大な岩盤がぶつかりあったり、こすれ合ったりする場所では、

岩が細かくすりつぶされて水が溜まりやすく、天然の地下ダムになり、

水が得やすかったからでした。一方で、火山の山体に降った雨が山肌に

しみこみ、山のふもとで湧き出しています。

 

 

 

カルデラ

火山灰は稲作には向きませんが、水はけが良いので畑作に適しています。

水にかぎらず、プレート境界は、人類史に重要な役割を果たしました。

人類が初めて精錬した金属は銅で、その元になる鉱石は、プレート境界で

多く産出されています。プレート境界は、さまざまな貴金属が含まれている

宝の山と言われています。

 

プレート境界には、水や金属をもとめて多くの人が集まってきました。

このためにひとたび大噴火が起きると噴火の被害が大きくなりました。

 

アナクラカタウ火山

ほぼ100年ごとに大地震が襲来し、火山噴火も起きていますが、その損失と

利益とでは利益の方が40倍多いと言われています。地球以外に居場所のない

人類は、叡智を傾けて生きていくほかには道はないようです。

 

石弘之氏は当面できる対策は、歴史に学ぶしかないと述べられていますが、

歴史から何を学び、どう対策をたてるのかは、私たちに与えられた課題の

ように思います。

 

このレポートは石弘之氏の「歴史を変えた火山噴火」から引用させて頂きました。
画像はインターネットより引用しました。