07 Aug. 2016

2016年5月連休の旅(11)二見浦 

T.H.


特急「南紀」で、紀伊勝浦を出発して・・・




予報通りお天気がだんだん悪くなる中、
紀勢本線の海岸をひたすら北上します。












ようやく三重県に入り、多気にて下車です。








快速「みえ」鳥羽行きに乗り換えました。




多気から参宮線に入ります。





伊勢市駅に着きました。
特急に乗ると紀伊勝浦から2時間47分で来れるのですね。




駅には伊勢志摩サミットまでの日数のカウントダウン表示版がありました。
お巡りさんが県外から多数動員され
検問強化中との風評のおかげで、連休中なのに人出が少ないと
ご当地では嘆く声が聞かれました。




夕方から翌日にかけて風雨が強くなるというので
次の日に予定していた、駅から遠い伊勢神宮の内宮とおはらい町を済ませて
少し離れた二見浦へ向かいました。参考画像





今夜の宿です。




伊勢の習慣でしょうか、5月でも玄関にはしめ縄が飾ってありました。




落ち着けそうな和風旅館でした。




まずはお茶を飲んでやれやれです。




旅行中ずっとお天気続きでよく歩いたし、明日は雨ならのんびり休養しましょう。




ところが翌朝、4:00に飛び起きました。
強い風雨が未明に止んだので、
もしかして雲が飛ばされて二見浦の日の出が見れるかもというのです。
旅館の前の暗い海を見たら雨が上がっていたので
すぐ近くの二見浦の夫婦岩まで出かけました。
二見興玉神社への参道です。



夫婦岩のすぐそばに神社の社殿が建っています。
雨は止んでいますが、風雨の余波で海は荒れ模様。
それでもしばらくすると観光客が少しずつ集まって来ました。












ご拝所へ向かうと、早くから神職の方がお参りの最中でした。








狭い崖の縁にご拝所があります。




由緒によれば古来この神社は、夫婦岩(めおといわ)にしめ縄を掛け、
沖合にある興玉神石(おきたましんせき)を遥拝し
神々の先導を務める猿田彦大神を主祭神としてきました。
1910年(明治43)に二見興玉神社となったそうです。




西の空は青空が見えているのに、とうとう東の空の雲が晴れず、
日の出は見えませんでしたが、雨が上がっただけでも大満足。




ちょうどその時大きな黒い鳥が飛んできて鳥居に止まり
翼を広げてしっかりポーズを取るのを目撃。
八咫烏(やたがらす)か!と思いましたがちょっと大きすぎます。
ビデオに撮ってもらいました。
雲の間から射す光が印象的でした。




神社の方に聞いたところ、この鳥は海鵜(うみう)とのことでした。
Wikipediaより参考画像




ところで夫婦岩の最高の日の出が見れる日は夏至の前後2週間だそうで
この期間は二つの岩の間から日が昇るのだそうです。
さらに言えば朝日と200kmかなたの富士山とが一直線に並ぶ日は
ダイヤモンド冨士が見れるとのことです。
お天気も関係するので確率は年に2回ぐらいとか
参考画像でお楽しみください。

(参考画像)




われわれの一回戦は残念な結果でしたが
荒波にもまれる夫婦岩もなかなか良かったのでは・・・と思います。
崖の道を回ってそろそろ戻りましょう。




こちらは明治になって二見興玉神社に合祀された旧三宮神社の天の岩屋です。
文禄年間まで中に祭神が祀られていたそうです。




右の輪しめ縄で体の悪いところをさすり、奉納すると治るそうです。
こまごまとしたお守り、絵馬、お札につい目が行きます。

 



二見浦は名所として相当歴史が古く、
江戸時代の歌川広重の浮世絵にも描かれています。

「諸国名所百景 伊勢二見ヶ浦」 歌川広重




「伊勢名所 二見ヶ浦の図」歌川広重




昔は伊勢神宮に参詣する前にこの浜で禊(みそぎ)をするのが
習わしだったそうです。
また、この浜は日本で初めての海水浴場となったところです。




こちらは同じ海岸通りに建つ賓日館(ひんじつかん)(重要文化財)です。
1887年(明治20)に、伊勢神宮に参拝する皇室の方々や
賓客の宿泊施設として建設されました。
現在は二見町に寄贈され、文化活動に役立てられているそうです。




当時の最高の建築、造園技術が投入されたということです。
この日はまだ開館時間前でしたので見学は出来ませんでした。




旅館に戻ってきました。








5階の部屋からの海の色は青く、すっかり晴れました。




旅の最後の朝ごはんとなりました。いただきます。




二見浦駅まで送ってもらいました。




「ふたみうら」と読むんですね。




今度は逆方向の快速「みえ」に乗って、伊勢市へ戻ります。



ー続くー