22 Mar. 2011

常夏紀行   手打ち庵

「ハワイ便り第4弾」

 

ハワイ島を後に、日本へ帰るためにホノルルへ向かいます。ハワイ島で5日間過ごし
ましたが、まだまだ見切れないところが沢山残っており、本当ならば10日ほど居な
ければならないようです。

コナ空港へ向かいます。今朝はマウナケアの頂きがきれいに見えます。ということは、
この日ならば、「マウナケアサンセットと星空を見るツアー」は満足できたかもしれ
ませんが、致し方ありません。 

 

道路の脇の溶岩にいたずら書き? と思ったら、白いサンゴを海から拾ってきて、並
べているとのこと。 これが延々続きます。 

 

サウス・コハラ・リゾート・エリアとコナ空港を結ぶQueen Kaahumanu Hwyは片道1
車線で中央分離帯のない道路です。ハワイ島のほとんどのハイウェイがこんな感じな
のですが、ここを55〜60マイル
/時で走ると、かなりの高速感です。白線の外は
かなり広いのですが、側道ですので歩行者や自転車専用。もっとも歩いている人はいませんが・・・

 

遠くに霞んで見えるのは、マウイ島です。

ハワイの車は昼間でも、ほとんどライトをつけて走っています。聞いてみると、最近の
新しい車は通常の設定として、走行中は自動的にライトをつけるようになっているとの
こと。もちろん私が借りたレンタカーもそうでした。

 

ハイウェイを離れて空港に続く道路に入ってきました。ブーゲンビリアの並木が美しい。

 

これから我々が乗る飛行機が到着です。

 

乗り込みますが、ここでの搭乗手続きでハプニングがありました。

チェックインをしようとすると、「Terumi Inoueさんは既にチェックインが終わっています。

また来たのか?」と言われました。そんなはずはないので、よーく調べてもらうと、なんと
JTBのツアー客の中に同姓同名の人がおられ、その人と間違えたようです。空港の職員も
笑いながら平あやまり。

 

あっという間にホノルル上空です。

ワイキキのホテルにチェックインします。アウトリガー・リーフ・オン・ザ・ビーチ。

玄関前が出雲大社の屋根のようです。

ロビーを抜けて、外に出るとそこはワイキキの海岸。

 

ロビーにはハワイの海を航海したカヌーが復元、展示されていました。

 

一休みしたのち、ハワイ最大のショッピングセンターであるアラモアナショッピングセンター
に行きました。ここは全米でも最大のショッピングセンターです。

 

夕方からは、ホテルに到着と同時に予約していた、サンセットクルーズに出かけます。

近くのシェラトンホテルでバスに乗り、港まで行きます。

港の地下にあるアロハタワー

帆船が停泊中

 

これは、送迎用のリムジン

この船でクルーズです

こちらはパンフレットから取ったもので、クルーズ中はこんな感じ

 

乗船前に記念写真をパチリ

 

こちらの写真は18年前に同じホノルルで、サンセットクルーズをした時のものです。

来ているアロハシャツは18年経っても同じもの。 物持ちがいいねー。しかし髪はかなり失
われているのだ。

 

乗船したら、早速カクテルと前菜のサービス。

こちらの名前は忘れたが

青い方はハワイアンブルー

 

前菜はシュリンプ

サラダ

スペシャルメニューはこれ、メインロブスターです。一人T匹ずつですので食べごたえがあった。

ステーキとワイン

 

船はワイキキ海岸を見ながら、ダイアモンドヘッドをぐるりと回るようにクルーズします。

サンセットが近づいてきたので、甲板に上がってみると、爽快です。旗はアメリカの国旗とハワ
イ州の旗、ハワイはもともとイギリスの影響が強く、ユニオンジャックが入っています。

 

船内では、ショーが始まりました。

こちらはコックピット

 

サンセットを見るため、再び甲板へ。

黄昏のワイキキ海岸です。

 

デザートを食べながら

フラダンスショーを見ます。

 

最後は観客も一緒になって踊ります。

 

楽しかった夜も更けて、翌朝は帰国の日。朝、窓を開けると虹がかかっていました。

 

インターネットはヨーロッパとは異なり、問題なし。

 

空港に行くため、ホテルのベルボーイにタクシーを頼んだところ、なんとこれ!

私は以前にサンフランシスコで乗ったことがありますが、家内は初めて、中はこんな具合です。

 

ホノルル空港から乗ったUnited Airline機、現地時間3月10日正午出発です。

 

伝言板にも書きましたように、成田到着は、3月11日午後3時過ぎの予定です。着陸寸前にこ
のたびの大地震があり、成田に着陸できず米軍横田基地に着陸して燃料補給ののち、関西空港へ
降りました。

 

お蔭様でその日のうちに無事に我が家へ帰り着くことができました。
この大震災とともに今回の旅は決して忘れることがないでしょう。