25 Oct. 2010

 
イタリア旅行追想リポ−ト 

T.H. 

「1998年秋のイタリア旅行の追想です。 この頃はまだデジカメ写真でなく、
数も少しですが、フィルム画像を焼きなおして思い出として出させて頂きました」 
 
ロ−マ着。 フォロ・ロマ−ノの遺跡群。 これを見ただけでもうすっかり感動しました。
 
 
これはどこだったか、時差と歩き疲れで記憶が・・・。
 
 
 
映画で憧れていたカフェのテ−ブル。 観光の合い間に。 夜もにぎわっています。 
 
 
ナポリ湾。 この日は曇っていてベスビアス山は見えません。
 
 
 
  
宿泊はロ−マのスペイン広場の階段の上の通りの小さなホテル「デ・ラ・ヴィレ」でした。
 
「外出のたびの階段の上り下りが素敵な思い出になるでしょう・・・」と書かれた旅行案内を読んで決めました。
そしてチェックアウトの日、タクシ−がストになり、急遽近くの地下鉄の駅まで大荷物を抱えて
汗だくでスペイン階段を降りるという忘れられない思い出が残りました。
 
予定していたJALの周遊バスには遂に乗り遅れ、何とか鉄道でシエナへ行き、そこからタクシ−でフィレンツエへ。
 
 
 
途中、世界遺産に指定された塔の町サン・ジミニャ−ノの塔に登って見た、トスカ−ナ丘陵の夕暮れ。
オリ−ブやぶどう畑がなだらかに続いていました。
 
 
 
 
  
フィレンツエの ヘルベテイア&ブリストル ホテルにて。  内部の様子です。
 

 
 


フィレンツェのサン・マルコ修道院の静かな中庭。 一番好きな教会でした。 
 

    
フラ・アンジェリコの「受胎告知」の壁画が有名ですね。建物の階段の踊り場の壁に描かれています。
ちょっと意表を付かれました。
 
 
 
 
ここにはギルランダイオの「最後の晩餐」の絵がありました。当時修道院にはよくこの題材が描かれていたそうです。
背を向けて座っているのがユダです。このような構図もあるのですね。
 
 
 
 
ウフィツイ美術館前。 シ−ズンオフで空いていました。 遠くでスケッチをしている画家がいます。
 
 
  


ボッテイチェリの「ヴィ−ナスの誕生」も「春」も壁いっぱいの大きな絵、明るくエレガントな美しさでした。
 
 


  
レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠ヴェロッキオ作の「キリストの洗礼」。 
20歳の弟子レオナルドに任せた左端の天使の出来栄えに驚愕した師匠は、
それ以後絵筆を折って描くのをやめてしまったという話が残っています。
なるほどそう思えてくるほどでした・・・。
 
 
 
 
ピサの斜塔が一番傾いて見えるスポットでの記念撮影。    
 
 
 
 
   
鉄道で着いたベネツイアの「サトルニアホテル」の古いステンドグラス。 ここは当時の総督の木造の屋敷だったそうです。
 
 
 
サン・マルコ寺院の鐘楼から見たアドリア海の大運河。よく晴れていました。
 
 
 
ヴェロ−ニャのロミオとジュリエットの中庭のバルコニ−の下で。
 
 
 
 
 
 
最後の地ミラノで。 真っ暗ですが、レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」のある
サンタ・ マリア・デレ・グラツィエ修道院の前で。
小さな食堂の壁に描かれていました。 このころまで夜間も公開されていました。 
薄暗い部屋で見た壁画は修復がなされていましたが、素晴らしかったです。
 
 
 
 ミラノのドウオモと呼ばれる巨大な教会。  
 
 
 
 
ドウオモのすぐ裏のホテル デ・ラ・ヴィレで。 ロ−マと同系列で、
この絵が デ・ラ・ヴィレという女性だそうです。 大変便利な立地で
内装はクラシック、それでいて高くありませんでした。 帰国の日。
 
 
つい諸都市をなるべくたくさん周ろうとして、移動の連続でしたが、
何とか無事帰りました。楽しかった話を聞いて、母は病み上がりの父を
せきたてて、勇んでイタリアツア−に参加しました。他界してしまった今、
喜んで帰ってきた笑顔を思い出します。
 
 
いつも私達にレポ−トを書く楽しさとチャンスを与えてくださった
編集長にこの場をお借りして、深く感謝致します。 ありがとうございました。