1/24 2008掲載

2004年の10月、晩秋のスコットランドとイギリスへ行きました。
遅ればせながら撮ってきた写真レポ−トです・・・・・T.H. 
 
晩秋のスコットランドとイギリス
 
スコットランドはケルト民族の一派「スコット族」の国で、1707年に連合王国に併合されるまで、もともとは独立王国でした。
イングランドと激しい戦いを繰り返してきたスコットランド人は、併合後も強い自尊心と愛郷心を持ち、現在に至るまで
いまだに独自の文化を色濃く残しています。
 
《エジンバラ》
 
 宿泊のバルモラルホテルです
 
晩秋のスコットランドの首都エジンバラは雨模様で北国の寒さが訪れていました。
ホテルは古い建物で玄関には正装のドアマンが堂々と立っていました。
 
 
 
 
イングランドとの戦いの中心となったのがエジンバラ城で、市街を見下ろす切り立った岩山の上に威容を誇っています。
 
 
 
 
渋く重厚な石造りの正門です。
 
 
 
石畳の道が続きます。
 
 
王宮というよりは要塞そのもので、城壁には砲門が並び、戦いの歴史を感じさせます。
 
 
 
 
王が住んでいたロイヤル アパ−トメントと呼ばれる建物です。
 
 
 
 
 
 
 
内部の陳列です。これは野外行進をするミリタリー・タトゥーという軍楽隊の兵士。
身に着けているのはタ−タンチェックのキルト、演奏するのはバグパイプです。
 
 
 
内部のショップに飾られた部族(タ−タン)を表わすチェックの数々・・・。
 
 
 
壁を飾るのも、アンテイ−クの銃剣類の武器です。
 
 
城壁の窓から臨むエジンバラの市街。遠く海が見えています。
 
 
 
こちらも城からのエジンバラ市街です。
 
 
 
エジンバラ城を出て、旧市街の方へ歩いてみましょう。
いろいろなお店が並んでいます。
 
 
 
スコッチウイスキ−のバ−。
 
 
 
 
旧市街独特のすすけた石造りの建物。
 
 
 
 
 
 
 
素敵な古地図のお店。
 
 
 
キルトと上着にはピンやバッグが必須アイテム。 そして手前に置いてあるのはナイフのようです。
 
 
 
10月にはもう洒落たクリスマスの飾り付け。
 
 
 
 
初冬の色濃いエジンバラを後にして、次の訪問地へ向かいました。

世界遺産 《ハドリアヌスの長城(Hadrian's Wall )》 
 
時代はさかのぼり、イギリスがロ−マ帝国の植民地だった頃、
ブリテン島では北方のケルト族とロ−マ軍が敵対していました。
 
紀元122年から130年にかけて、ロ−マ皇帝ハドリアヌスが、
軍事上の防衛線として築いたのがハドリアヌスの長城です。
 
これより更に160キロ北に、紀元142年から144年にかけて、
アントニヌス帝の統治下にアントニヌスの長城が築かれましたが
20年後の紀元164年、ロ−マ軍はここを放棄し、
ハドリアヌスの長城へ撤退しました。
 
この防衛壁は、ローマ帝国の支配が及ばなくなった4世紀後半以降も、
ロ−マと共存していたブリテン人と北方のケルト人との軍事境界線として
半ば固定化して17世紀まで使用され、
イングランドとスコットランドの境界線にも大きな影響を与えました。
 
 
 
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この遺跡を見るために、エジンバラ(Edinburgh) から鉄道(地図上の黒い点線)で南下し、
ニュ−カッスル(Newcastle) カ−ライル(Carlisle) 行きのロ−カル線に乗り換えて、
西に向かいました。
 
 
このロ−カル線に平行して、「ハドリアヌスの長城」赤い線)の遺構が点在し、
ユネスコ世界遺産に指定されています。
 
 
現在20箇所に遺跡が保存されていて、観光シ−ズンには乗り降り自由のバスが運行されていますが
この時はオフシ−ズン、最寄り駅(Hexham)で下車してあとはタクシ−です。
 
 
 
 
どこまでも田園風景が広がります。
 
 
ビジタ−センタ−が見えてきました。開いていました。
 
 
 
遺跡からの発掘品のミュ−ジアムです。中に入ってみます。
 
 
ロ−マ支配下の生活用品の数々。
 
 
軍事境界線の南にはこのような世界があった時期もありました。
 
 
 
 
これはマイルスト−ン。ロ−マが造った街道に設置されました。
 
 
周辺に点在する、ロ−マ軍の軍事基地の建物の遺跡群を歩いて見学しました。
 
 
 
 
 
 
これはロ−マ式浴場跡だそうです。 寒い北の勤務地ではこれがないと・・・やってられなかった?
 
 
 
見学を終え、いよいよ長城跡を見に移動しました。
 
この建物周辺に、一番大規模な長城跡があるそうです。
 
長城跡です。今は何世紀もの風雨にさらされたのと、建材として持ち去られたのとで
高さも幅も小規模になってしまっていますが、帝国の領土の拡大と維持に疲れた
ロ−マをこのような場所でしのぶのも感慨深かったです。
 
 
 
イギリスの空はどこへ行っても広く高く、味わい深い表情でした。
 
 
この日は夕方から霧がたちこめ、10月というのに人々は冬の装備、とにかく寒い。
 
 
羊の群れの向こうに見える壁はこのあたりの放牧地の境界とのこと。
それじゃあ長城から持ってきた石を使って人々が昔から築いたもの?
 
それにしても羊君たち寒くないのと思うほどのんびり草を食べてました。
 
 
 
イギリスの放牧地も歩いて見れたし、よかったです。
震えながら次の訪問地へ向かいました。