30 Aug. 2012

バレエの魅力
                 川島道子

先日小春ママさんんと福岡市で活動している岡本バレエ団の公演を観ました。生のバレエ公演を
観るのは久しぶりで、プログラムの内容をはじめ、出演者、裏方が一体となった舞台は素晴らしいものでした。
さまざまなハンデイのある地元のバレエ団がよくぞここまでと感激しました。


私のバレエ開眼は戦後まもないころ観たフランス映画「白鳥の死」で、初めて見るバレエに
カルチャーショックを受けました。長くて暗い戦争が終わったばかりで美しいものに飢えていた
ことも大きかったのではと思います。

ストーリーは他愛のないものでしたが、パリ、オペラ座を舞台に美しいバレリーナたちが
トウで踊るその姿には、すっかり魅了されてしまいました。この世にこんなに美しいものが
あるのだろうかと脳裏に焼き付けられ、65年たった今も忘れられません。


生のバレエを観る機会は中々ありませんでしたが、1950年に公開されたイギリス映画「赤い靴」は、
バレエ映画の傑作と言われるだけに、本格的なバレエの魅力を堪能することができました。


映画の中盤で踊られる「赤い靴」は鍛え抜かれたダンサーの躍動感あふれる踊り、美しい音楽とともに
表現される物語の世界に思はず引き込まれていきました。

「赤い靴」 モイラシャラー

翌年公開された「ホフマン物語」は、オフエンバックのオペラを「赤い靴」のスタッフ、キャストでバレエをふんだんに
取り入れた野心的な映画でした。

「ホフマン物語」 モイラ・シャラー

冒頭に登場した「蜻蛉の踊り」には、バレエの表現の素晴らしさを実感しました。色彩の美しいこと、
素晴らしい音楽、幻想的なシーンの数々は、私のバレエの世界を広げてくれた作品として強く印象に
残っています。

「ホフマン物語」 モイラ・シャラー

生の舞台が見れなかった代わりに、映画の黄金時代でしたので、映画やテレビでバレエを楽しみました。
ソ連時代のボリショイバレエ団の作品は「大音楽会」(1951年)やバレエの招宴(1956年)などの
音楽映画として数多くのバレエを観ることが出来ました。その後もバレエを取り上げた映画が多く公開
されて、私のバレエ鑑賞はほとんど映像によるものでした。

ボリショイバレエ団

65年近い私の鑑賞歴のなかで、たまには生の舞台を観ることもありましたが、機会がないままにいつとはなくバレエへの
関心も薄れていました。そこにスイッチが入ったのは小春ママさんんとの出会いでした。たまたまテレビの番組で紹介された
吉田都さんの活躍ぶりもあって、再びバレエに関心を持ち出しました。

吉田都

吉田都さんは9歳でバレエを始め、17歳でローザンヌ国際バレエコンクールのローザンヌ賞を受賞したことから、イギリスの
ロイヤルバレエ学校に入学しました。慣れない土地での理解できない言葉、小柄で容姿に自信がもてないなど課題を
抱えながら、「崖っぷちを必死で走り続けるだけ」(吉田都さんの言葉)の努力の結果1年後サドラーズウエールズバレエ団に
入団出来るようになりました。


資質を見込まれて入団したバレエ団では、日本人の限界を意識しながら修練に徹し、度々の
怪我に泣かされ、挫折感を味わいつつも、それを乗り越えて「プリンシバル」と言う最高位のダンサーに
なりました。

スタジオでの練習

彼女のバレエへのひたむきな熱情は現状への安住を許さず、イギリス最高のバレエ団、英国ロイヤルバレエ団に
プリンシバルとして移籍をしました。吉田都は「挫折は自分を知るチャンス」と、持ち前の忍耐と努力をばねにバレエに、
打ち込んでいきました。

「シンデレラ」

英国ロイヤルバレエ団は「ロイヤルスタイル」と呼ばれる表現を重視する気品ある様式、演劇的な物語バレエの
レパートリーなど独自の伝統と魅力を育んできました。一方で多国籍のダンサーを受け入れてきた世界でも
珍しいバレエ団でした。

「くるみ割り人形」

バレエは台詞なしで物語を観客に伝える芸術と言われています。身体の動きが台詞の代わりです。
絶えず音楽と同化しながら徹底した自己管理のもとレッスンを積み重ねていきました。
 

「コッペリア」

ロイヤルバレエ団移籍後は、何年もかかったマイムの習得やステップなどのテクニックの訓練を、数多くの公演を
こなすうちに「ロイヤルスタイル」を身につけていきました。


イギリスは演劇の国と言われているだけに、フランス、ロシア、アメリカのバレエとの違いは
「感情表現を大切にする」ことで、吉田都はストーリーを伝える訓練を学んでいきました。

「ライモンダ」

踊りの技術面とともにそれが美しく見えることにも絶えず工夫し、自分なりの感情表現の仕方を
模索していく上で日本人の吉田都にはロイヤルスタイルは合っていたようです。


ロイヤルバレエ団に入って2年目に主役の怪我で代役として踊った「白鳥の湖」が
評価されて「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」、「ジゼル」などの全幕バレエを
踊るようになりました。

「白鳥の湖」

「白鳥の湖」   

「ジゼル」や「ロミオとジュリエット」などのストーリー性のある全幕物の作品は、非常に難しいので、場数を
踏むだけでなく、他のダンサーの表現から学んだりしていきました。

「ジゼル」

ロイヤルバレエ団のプリンシバルという最高位の立場に課せられた重圧に対して、聡明さと感受性と粘り強さで、
その重圧を乗り越えていきました。彼女の素晴らしい音感、叙情的な表現力や高い跳躍は、舞台で花開き、競争の
激しいバレエ団でその地位を確立していきました。

「オンディーヌ」

吉田都はモダンやコンテンポラリーも踊ってみましたが、自分に合うのはクラシックだと
見定め、制約のあるクラシックのなかでの遊びに創造の喜びを見出しました。

「オンディーヌ」

彼女は、初めて舞台衣装を見たときやバレエ音楽を聴いたときの高揚感など、バレリーナに
憧れていた子どものころの自分と、プリンシバルとしての日常が彼女の中に共存していて、
怪我や挫折を乗り越えさせてきた自分への信頼感が、バレリーナとしての吉田都をつくりあげて
いきました。

「オンディーヌ」

吉田都は優れた音楽性、冷静沈着さで、舞台を完璧にこなす準備が本番にはきちんと
整っていると同時に、パートナーのことを気遣うことの出来る思いやりを持っていました。
またまわりにたいするこまやかな気遣いも忘れることがなく、「総合的な人間味がバレエの
表現に生きる」と彼女の発言を裏打ちするレッスンの日々でした。 

「オンディーヌ」

彼女のレパートリーは「白鳥の湖」のオデットとオディール、「眠れる森の美女」のオーロラ姫や
「ジゼル」の主役など多数で、1991年には英国のダンス雑誌の人気投票で「ダンサー・オブ・ザ・
イヤー」に選ばれました。

ロミオとジュリエット

努力に努力を重ねてテクニックや表現を磨き、29歳でプリンシバルになりましたが、同期のプリンシバルが
次々と退団していき、若手が育つプレッシャーの中、15年もそ地位を保ちつづけられたのは、たゆまぬ
向上心と過酷な練習によってでした。このころの吉田都は日本を代表するバレリーナと言うよりは世界を
代表するバレリーナになっていました。

ロミオとジュリエット

バレエという舞台は華やかですが、地味な作業の積み重ねが大切で、常に努力と訓練で維持してきた舞台も、
守りの姿勢に入っていきつつあることを自覚した彼女は、退団を考えはじめました。タイミングを見計らっている時に、
日本公演があること、そして「この作品」と思るものが上演されることから、それを最後の公演にしました。
それは「ロミオとジュリエット」でした。

「ロミオとジュリエット」

ロイヤルバレエ団のほとんどの作品を踊ってきた彼女ですが、「ロミオとジュリエット」はパワーフルで感動的な
プロコフィエフの音楽の力が大きく、表現に苦労しただけに演じがいのある作品でした。その前のイギリスでの
最後の公演に「シンデレラ」を踊り、多くの仲間や観客の惜しまれながら有終の美を飾りました。

最終公演

吉田都はロイヤルバレエ団のプリンシバルを15年勤め上げ、この間「英国最優秀女性ダンサー賞」(2006年)をはじめ、
日本の「紫綬褒章」(2007年)「大英帝国勲章OBE」(2007年)などを受賞しました。日本での退団の公演の様子を追った
NHKのプロフエッショナル 仕事の流儀 「世界のプリマ 最後の闘いに日々」は、彼女の最後まで全力を尽くす姿に、
多くの視聴者に感動を与え、私もそれを見て胸の熱くなる思いをしました。

最終公演

感動的な「ロミオとジュリエット」を最後に英国ロイヤルバレエ団を退団しましたが、これからはバレエの活動の場を日本に移し、
公演だけでなく後身の指導をしていくようです。

最近の吉田都

サイトに吉田都のバレエとはどういうものであったかの感想があり、私もこのレポート
をまとめるにあたり同感しましたので紹介します。

彼女には「バレリーナ」としてのずば抜けた美しさと強靭さがあった。

何よりも、高い精神性を感じさせる人だった。

私は、この十数年、この人からどれだけの感動と幸せをもらったのだろう。
美しさの本質と、強さの本質を、どれほど教えられただだろう。

真の美しさとは、強さとは、優しいものだ。謙虚なものだ。
芯があれば、必要以上自分をアピールなんてしなくても、自然と
オーラをはっするものだ。
吉田都という人を見ていれば、それが分かる。
バレエを超えたもの。

そそういうものを感じさせてくれる人でした。
いまや、間違いなく歴史に名を刻むダンサーとなった。

人生の中で、こういう美しさに触れられたことが、幸せでした。
イギリスの著名な批評家が、”ロイヤルの至宝・吉田都”の引退に際し、
次のように書いている。

「吉田都こそは、ダンスの本質へ到達する方法を探しあてることを、
自分自身のエゴよりも優先させた、ダンサー中のダンサーである」

ドガの「踊り子」

私の身近にもバレエを通して、人生の確かな道を歩み続けて居られる方がいます。
そのことで私も教えられることが多く、私はその方に支えられて自分らしく生きて
いけるようになりました。小春ママさん貴方に出会えてまたバレエの関心が高まり、
有難うございました。これからもよろしくお願いします。

参考資料

MIYAKO  英国ロイヤルバレエ団の至宝・吉田都の軌跡

一瞬の永遠  篠山紀信

エトワール物語    世界文化社

映画の友       昭和27年1月号

サイトから引用させて頂きました。