05 Apr. 2012

大徳寺の茶会に参加して
               川島道子

3月27日、28日と京都の大徳寺で開かれた茶会に行ってきました。大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山
ですが、京都の有名な寺院の中では観光地化されておらず、非公開の建物が多いようです。このたび縁が
あって大徳寺で有意義な二日間を過ごすことができました。



大徳寺には22箇所の塔頭(たっちゅう、小寺院)があり、そのほとんどが非公開ですが、公開されている4箇所の
うちの瑞峯院(ずいほういん)で開かれた茶会に出席しました。翌日の茶会の下見に訪れところです。


大徳寺の境内でひときわ異彩を放つのがこの金毛閣(きんもうかく)です。この三門(山門)の階上を作った
千利休が自身の木像を置いたことで秀吉の怒りを買い、切腹を命じられたと言われています。


工事なかばで一重のまま放置されていた大徳寺三門の修築に乗り出した利休は、二階部分を建てまして
「金毛閣」と名づけました。金毛とは金色の獅子のことで、悟りを開いた名僧のことを指すそうです。


急な階段を上がりますと広い部屋には、釈迦如来像や十六羅漢像が安置されています。


天井に描かれた竜は長谷川等伯の手になるもので、その色彩の鮮やかなこと、躍動感のある竜の姿は
400年の時を感じさせない迫力のあるものでした。



天井画のスケールの大きさに部分しか撮れず、画像も鮮明さに欠けていますのでネットからお借りしました。


部屋の片方には利休像が置かれています。三門に雪駄を履いた利休像を置いた
ことで、門をくぐる者は必然的に利休の足の下を潜ることになります。これを知った
秀吉は激怒して切腹を命じたと言う事ですが、真の原因は謎に包まれているようです。


ネットより借用の利休像。本物は秀吉によって焼かれています。


回廊に出ますと眺望が開けます。京都タワーと同じ高さになるようです。


眼下には勅使門。


遠くには大文字焼きの山が見えています。


よく28日にはここ瑞峯院で茶会が開かれました。


キリシタン大名でもあった大友宗鱗が自分の菩提寺として建立したこの寺の石庭は、
寺号 瑞峯をテーマにした蓬莱式庭園で「独坐庭」と言われています。


中庭にあるキリシタン灯篭を中心に七この石組で十字架に見立てられた「閑眠庭」


聚光院は普段は非公開ですが利休の命日の28日には、毎月茶道三千家が順番に
茶会を開きますので出席しました。この日は武者小路千家だったようで、本堂での
供養の後お席に入りました。


聚光院は三千家の菩提寺で利休のお墓がありお参りしました。苔むして
少し傾いたお墓に信長、秀吉に仕え、わび茶の完成者として茶聖とも
言われた千利休の生涯に思いをはせました。


瑞峯院と聚光院の二つのお席が終わった後、高桐院と黄梅院を尋ね
ました。高桐院は細川家の菩提寺で細川忠興と細川ガラシャの墓所
として知られています。



上記の説明にあるように燈籠の後方部が欠けています。


非公開の黄梅院が特別公開されていましたので拝観しましたが、撮影禁止のためにその素晴らしい
内容が紹介できず残念です。


瑞峯院と聚光院で先人の思いのこもったお席で頂くお茶は格別のものがありました。

色々な方々のご縁を頂いて実現したこのたびの京都行きは、二日間の短い時間
でしたが、普段見ることの出来ない場所を拝観できましたことは、貴重な経験でした。
茶道に縁の深い大徳寺での見聞は、日本文化の歴史と伝統を体験できまして
かけがえのない旅となりました。