14 July 2010

 素床独恋 2010−5。。。。。児玉

 

 

鰍梶|bio21では、いろいろな生物の遺伝子を分析している。「霜降りの多い牛」「インフルエンザに強い豚」
「肥満体質」「酒飲み体質」「ハゲ体質」等々。

産総〇の中〇先生は、家族全員の遺伝子を調べた結果、奥さんの血液型や体質の大半が長男に引き継がれ、本人の
血液型と体質は二人の娘さん達に引き継がれていたことが判明した。

それが判って何かいいことあるのか?と聞くと、
「特にないが、全員が血のつながっている家族だと立証された」と笑った。

そして、「それにしても、酒の飲めぬ母ちゃんそっくりな息子が可哀想だ」と付け加えた。

     父親似 酒乱の娘も 可哀想



空港の持ち物検査で、ウマさんが止められていた。
カバンを開けろといわれて「危険なものは持っていない」と言い張って開けようとしない。
担当官は女だったが、不穏な雰囲気に男の検問員も数人やってきてウマさんを囲んだ。

ついに開けさせられたウマさんのカバンの奥から・・・ナイフが出てきた。
「万能ナイフは、凶器ではない。あたぼうよ!」とウマさんは担当官に食って掛かっていたが、駄目だった。
なんでそんなもの持ってる?とは武士の情けで聞かなかった。

 

     凶器にも 使える万能 ナイフです

 

 

 

退職後、テナーサクッスと英語を勉強すると私がいうと、ウマさんは、バンドネオンとラテン語にしたという。
どちらも大変難しい。

何故、ラテン語を?と聞くと、「誰とも話さなくていいからよ・・・」という。
何故、難しいバンドネオンを?と聞くと、「誰も弾けないからよ・・・」という。
そして、「こだ〇の英語とサックスなんか、今からいくら頑張っても下手の域をでない。ラテン語とバンドネオンなら
誰もやらないから、すぐ日本で屈指になれる可能性がある、どうだ!」とえばる。

 

りがいは やる奴いない 優越感

     高尚な 趣味だが所詮は ボケ防止

     


     

4月から赤坂の音楽教室(テナーサックス)に通ってる。
先生は、「ドレミの指使いを全て憶えて、曲を暗譜しなさい」という。「そうすればなんでも吹けるようになる」という。
まぁ、理屈ではそうだが・・・。

 

尺八の 首振り3年 サックス5年

 



「目標は?」と先生が聞いた。
1〜2年後、「Fly me to the moon」とか「枯葉」とか2〜3曲吹けるようになったら、川勝先輩(御茶ノ水の東京倶楽部で
毎月ジャズピアノを弾いている)が演奏させてあげるといってくれてます。実現すれば最高です・・と答えた。


「プレーヤーは誰が好き?」と聞かれた。
(あ〜、き、黄色い服着て蝶ネクタイして・・お笑いで・・・)
「ゲッツ?・・・スタン・ゲッツ?」
(そう、それと・・・女二人で踊って歌うとか・・・)
「 ?? 」
(UFOとか・・・ナントカ警部の)
「ペッパー警部・・アート・ペッパー?」
(そう・・)
「ふ〜ん、ぼんやりした曲が好きなんですね。

 

いつか、スタンゲッツやアート・ペッパーのようになりたいが、記憶力が落ちて暗譜に時間がかかる。

いくら声を出して練習しても覚えられない。ツレは煩くてノイローゼになりそうだという。

    昼暗譜 夜はイビキで 死にそうだ

 

 

 

浅草フロン〇でツレと食事していたら、ロシア人旅行者と思われるゴルバチョフ(禿げ)とエリツィン(白髪)が隣に座って、
ビールとポテトフライとスパゲッティを注文した。

(禿げ)は、スパゲッティがホークに絡まなくて、とうとう、ネコのように背を丸めて顔を皿の中に入れて食べ始めた。
(白髪)は、ナイフでスパゲティを小さく2センチ程に刻み、それをホークで掬うが実に不味そうだ。
二人とも大苦戦している様子に、ツレが見かねて、彼らの方に身体を向けて、食べ方を実演し始めた。
「スプーンをあてて、フォークをクルクルって・・・こうやって〜、こうやって、こうするの〜」

 

「その食べ方は、日本女性はするがイタリヤやフランスでは下品な食べ方なんだよ」と説明したが、ツレは止めようとしない。
「やめなさい。男はそんな食べ方しない。私はスパゲッティをいつも箸で食べる。蕎麦やうどんと同じだ!」 
私は、箸でスパゲティを掴んで、彼らに聞かせるように食べた。

 

     ズルズルと 音たてて喰え スパゲッティ

(高倉健だって、こうやって食べるに決まってる!)

 

 

ツレを博多に連れて行き、母に目通りさせた。いろいろ言われたが、

「我侭で頑固でずぼらな子だけど、よろしくね」と言われたとツレは喜んでいた。

「元妻にそっくりね。生き写しじゃない・・懲りない子だね」と言ったのは聞こえなかったらしい。

なんとか了解を得た・・・ので、翌日博多区役所に入籍届けを出した。

 

     お互いに 大人になろうね 母上殿

 

 

 

昔々、湾岸戦争の後のクェートに出張で行った。。

クェートは、禁酒国で酒場もクラブもないが、「ベリーダンスが見たい」と言ってみたら、IMCC社の財務部長(エジプト人ハシム氏)
は「この町にはないが、家にビデオがたくさんある。見に来ないか?」と誘ってくれた。


戦争の恐い体験で奥さんと子供はカイロにカイロって帰ってしまい、2Kの何もない部屋に大きなテレビがぽつんとおいてあった。
途中で買ったシシカバブーを食べながら、ビデオを見た。

画面に出てくるのは、おばちゃんばかりであり、ハシム氏が「これを見ろ、彼女が一番人気のあるんだ」というのを見ると太って
腹はでかい・・淡谷のり子か博多のお袋のような・・感じだ。

いいなぁと思う、若くてセクシーな娘が出てくると、「踊りが下品だ」と勝手に早送りする。
「踊りには円熟した品がないといかん」という。

ベリーダンスは、日本の演歌のような位置づけにあって、決して下心をもって見るものでないということを教えたかったようだ。
こちらとしては、そんな芸術論、イラン!シシカバブーでもクエート!

     

小料理屋(「章太亭」)の女将に、「ベリーダンスはお腹が大きいほどいいんだよ」とこの話をすると、女将は和服の帯をポンと叩いていった。

「わたし、ベリーダンスやる!」

 

     ベリーダンス 上品に揺れて メタボ腹

 

 

丸の内線「茗荷谷」から、「教育の森公園」「占春園」を通って「小石川植物園」に行って、春と桜を満喫してた。隅田川や千鳥ヶ淵、
上野公園に比べれば人は少なく、家族ずれやカップル中心で、のんびりと桜を楽しめた。

特に、付属小学校横の「占春園」では、鶯が鳴いていて・・都会の谷間の小さな春を満喫できたと思う。

     うぐいすに 足音気づかう 占春園
     ホーホケキョ   ケキョケキョケキョケキョ   ホーホケキョ

 



中野区の「哲学堂公園」に行った。さすが哲学堂だ、公園内の立て札には難しいことが書いてあった。
「主観亭」・・・唯物園の客観処に対する名称で、心界の風光を観察すべき休息所


でも、「主観亭」とは・・・・・ただの「見晴らし台」のことであった。
簡単なことを難しく表現するのが「哲学の本質」であるということは、良くわかった。
哲学者の風貌をした数人の老人達が、ベンチや芝の上で・・・・じっと瞑想に耽っていた。

 

哲学者 今は別名 ホームレス
    哲学に 浸って昼寝の ホームレス




哲学堂公園内のテニス場の申し込み者名をみると、「ソクラテス」とか「聖徳太子」とあった。さすがだと思った。

テニスする 聖徳太子と ソクラテス

 




  ある総合病院のCTスキャン室で・・・・、
看護師A「え〜?〇〇さん連れてきたのに、透析患者の××さんがスキャン中、どういうことですか?」
新人 B「はぁ?トイレの前で、この方に〇〇さんですか?って聞いたら、ハイっていいました。

CTスキャン台にもご自分で乗ったし・・・・」
看護師A「あのね、お年寄りは医者や看護師に何か聞かれたら、ハイって答えちゃう人が多いのよ」
医者 C「一度、スキャン台に乗ってみたかったのかな・・・。間違いだったといい難いから、必用だっ

たことにしよう。××さんのカルテもってきて!」

治療ミス カルテ書き換え 請求書 (病院は 返事一つで 命取り)

 

 


久しぶりに、浅草演芸ホールに行った。人情物の講談は・・・つまらなかったが、落語や漫才はまぁまぁだった。
   犬とサルが おならをすれば サルの惑星 (さるのはクセイ)
   鶴千年 亀万年で 鳩一年 (政権は一年もたなかった)  

 



小学生のとき両親が買ってくれた自転車は、黒くてがっちりしていて、「氷屋さんの自転車だ(中古だった)」と友達からよく言われた。
足が届かなかったので立ちこぎか三角乗りだった。

一緒に遊ぶ多くの子供も三角乗りか貸し自転車だった。子供用のマイ自転車に乗ってるのは金持ちのお坊ちゃまだが、クラスには一人もいなかった。

 

     自転車は 三角乗りが 子供用

 

 

 

中学生になって買ってもらった制服はブカブカだったが、3年生になると丁度いい大きさになった。

でも、朝陽を受けて登校するとき、親子ずれの子供が私を指差して、
「あ、あのお兄ちゃんの服きれいだね。ピカピカ光ってる!」と言った。

子供の母親が、「そんなこと言わないの!」と叱ったが、子供は何故叱られたか判らないようだった。

     一年生 袖から手が出ぬ 学生服

朝陽あび ピッカピッカの 三年生
 

 

 

中学3年のとき、春のマラソン大会があった。

私は運動が得意ではない。特に長い距離は苦手だ。最初は快調に皆と一緒に走っていたが、案の定、右下腹部が痛くなった。スピードを
落とすが、腹痛は消えない。

いつ棄権するか腹を押さえて歩いていると、紺のセーラー服が見えた。コース最後の沿道に、学年女子が並んで応援してくれていた。
「あちゃ、恥ずかしいぃじゃん・・・」と走り始めたら、腹痛は治っていて下り坂でグイグイ加速もつく。
「あっ、えっ?」と自分でも驚く速さで風のように走った。
「そうだ、凄い速さで通り過ぎれば、初恋の彼女も私だと気づかないかもしれない」とも考えた。
セーラー服の女子達が、パチパチと手を叩いてくれていた。ちょっと英雄のような気分がした。

 翌日の音楽の時間、津○先生(ちょっとヒステリーな女先生)がピアノの前に立って言った。
「昨日のマラソンで、ビリの方の癖に女子の前だけ凄いスピードで走った人がいた。国体級の早さだったと思うが、コダ〇君どう思う?」って。
  (思春期の)
      マラソンは 女子の前だけ 脱兎する

 

 

 

中学同窓生10人(男女5名ずつ)が、昼前に、「柴又の寅さん」の銅像前で集まって、「帝釈天」から、「矢切の渡し」に乗り、
「野菊の墓」の桜を見て北総線矢切駅で解散した。

風が少し冷たかったけど、レトロな雰囲気を味わい・・皆、大変喜んでくれて、解散時には握手して分かれた。
「今度はいつ集まる?海外なんかもいいよね」とイトケが例によって突飛なことを言った。
「JRの青春切符(JR普通列車、一日乗り放題)使って何処かに行こうよ。私達、時間はたっぷりあるんだから、安くていいよ」
とリョンちゃんがいう。


そうだ、みんな!金はなくても・・全然なくても、時間だけはタップリある青春時代に戻ろうぜ!

      高齢者 時間はたっぷり 青春切符