15 Oct. 2011

おっとどっこい 2011−D

by KODAMA

   

居酒屋のメニューに「女子サーカーW杯セット」とあったので注文した。

澤・・・・アセロラのサワー(一杯)であった。

穂希・・・酒、北乃誉れ(一杯)であった。

二杯で・・W杯だという。


      便乗と わかっていても W杯・・ 

 

 

 

暑い昼、ベランダから下をみると、アパートの裏庭に三毛猫の親子が・・・寝転んでいた。
   三毛猫が一匹、子猫が四匹
   真っ黒猫が一匹、真っ白猫が一匹、真っ茶猫が二匹
   全部で五匹・・・遊んでいる。
父親は、どんな色をした猫であろうか?考えると・・・昼寝できない!

 

         三毛猫の 子らは一毛で 父知れず

         

 

      
今年のかっぱ橋七夕祭りは、震災の影響で出店も人出も例年の半分の規模だった。
馴染のもんじゃ屋で昼食していると、となりの席の若者に、むこう隣の夫婦が話しかけていた。
彼は東北人らしく訥々と受け答えしていた。

「初めてのもんじゃは美味しかった」「福島の中通りから来て福島の酒を売っている」
「人が多いのでびっくりしている、さすが東京の祭りだ」というようなことを話し、

「津波で自分たちの家がなくならなかっただけでも、すごく幸せです」

と、いい顔で笑っていた。

店を出て歩いていると、先ほどの若者が幟(ノボリ)を手にして、
「福島のお酒です。美味しいですよ」と炎天下に声を枯らしていた。

少し高かったが、清酒を一本買って帰った。
帰り際に、別の店の男が「ほう、やっと売れたか」と若者に声をかけ、若者は顔をくしゃくしゃにして笑った。

      辛口の 旨い酒飲み 復興支援

 

 

 

西瓜が二個、家に送られてきた。
「青い森のしずく」という立派な名のついた・・青森産だ。
うちの冷蔵庫には大きすぎるので、半分に切って、アパートの同じ階にいる、母親がフィリピン人(だと思う)で小さい娘が二人いる家にお裾わけした。
ツレが持っていくと、「かあちゃん、よかったね」と子供がはしゃぎ回っていたのが聞こえたという。

 

ママでなく かあちゃんの顔だ フィリピーナ



西瓜は、皮が薄く実がびっしりで甘かった。
昔、飼っていたジローという犬(日本犬雑種)は、スイカを好んで食べていた。大好物であった。
家族で食べ始めると、ベランダにいたジローは我々を横目で見ながらウォ〜ウォ〜と遠慮がちになき、鎖をじゃらじゃら動き回る。
中心部の美味しいところを食べた残りをあげると、ガツガツと白い皮のところまで全部綺麗に食べて、青い皮だけ残す。
そして、満足げにイヒヒと笑っていた。

 

遠き日の ことなど思い 西瓜食べ

 

 


(大好きだったお婆ちゃんの話)
たし達の小さい頃、パンツなんて誰も履いてなかった。
で、あたし(お婆ちゃん)の弟が・・・大変失礼な奴で、姉のあたしに「へ」をひる。
ところ構わず、あたしのかおにひる。とことことやってきては、かおを目がけてひる。
許せないと思ったが、我慢した。


あるとき、弟がひる寝をしていたので、チャンスだと思い、
着ていた着物のすそをまくって、弟の顔をまたいで、
プーを・・・・したつもりだったが、
にょろにょろとでてしまって、弟のかおにのってしまった。

      無理をして 屁をするでない たたりあり

           (おばあちゃんの話では、歳下の兄と弟の話であった)

 

 

 

夏の尾瀬に行った。

上野から、新幹線とバスで3時間・・・尾瀬沼の木道を歩いた。
どこかの小学校の遠足と一緒になってしまって、
いつまでも、ずっと・・・こんちわ、こんにちわ・・の可愛い声と、

林の向こうのカッコウの声が続いた。
小さな・・色とりどりの花、ルリイトトンボなどの生き物が迎えてくれた。
さわやかな風が・・尾瀬は日本の別天地でよ、と教えてくれた。

しかし、食事のとき大変困った。ハエが多く・・・でかいのである。
自然環境って美しいものやさしいものばかりではないのだ、と実感した。

         弁当に 群がる尾瀬の 大糞蝿

 

 

 

浅草の「捕鯨船」という店は、北野武や渥美清など多くの芸人たちが通っていた・・・
くじら料理で有名な居酒屋である。
新日〇時代の友人、K村、K田とK玉の「3K」で行った。
評判の牛モツ煮込みからスタートして、鯨の立田揚げ、鯨のステーキと食べて、次に何するかで大議論になった。

K 「くじらの玉・・・というのがあるが?」
K 「話の種に、雑学博士のK村さんに食べてほしい」
K 「えっ?上野の科学博物館に鯨のおチ〇チンが飾ってあった」
K 「いや、棒ではなくて玉だ」
K 「まぁ、高さ2.5mで太さは0.5mだ。巨大な棒だ。 

類推するに、玉はサッカーボールより大きいだろう。ああいうのは食べにくい」
K 「丸いのがでてくるとは限らないが、K玉さんが食べたらどうか?」
K 「私は、小さい玉は好きだが大きい玉は苦手だ」
K 「牛とか豚の〇〇を、平気で食べる女性がいるが、男は共食いみたいで嫌なのだろう」
「こういうのは特定の女性に任せて、我々はやめよう」ということで、鯨入り焼そばで〆にした。


         共食いは チン味と言えど 喰う気せず 

 

 

 

島原、小浜温泉の伊〇〇旅館は、「有明海に沈む夕陽と露天風呂」を売りにしている老舗のいい旅館である。
にもかかわらず出張同行者のK山君は、別の旅館に泊まっていた。
理由を聞くと、「出るんですよ・・・・夜中に。これ以上はいいません」という。

酒を飲ませ無理やり口を割らせると、


酒に酔って部屋で寝ていると、真夜中に物音がする。

「誰?」というと、

「あ、お布団敷きにまいりました」と答えた。
仲居さんのようであったが、

「え?こんな夜中に、お布団って・・・もう、ぼく寝てるじゃないか」

というと、
「あ、そうですね、申し訳ありませんでした」
とそのまま、スーッと消えた。

 

コソ泥か夜這いか幽霊か判らぬが、気持ちが悪いのでここには泊まりたくないという。

え?そんなところに私だけ泊めるのか?今夜出たらどうするんだ!というと、

「大丈夫でしょう・・・こだ〇さんなら」という。

 何が大丈夫かわからぬが、二次会から帰って、もう一度温泉に入って、部屋の鍵を掛けないで・・・
その女性を待つつもりであったが、酔っ払って・・・朝まで何も記憶がなかった。

      幽霊にも 敬遠されて 旅の夜

 

 

 

長崎から博多の実家に行き、母と土日を過ごした。
持って行った松原哲明著「釈迦」を居間のテーブルの上にわざと置いておくと・・・・、
「ふん、こんなの読んどるのかい。私にはまだまだ関係ないね。
ただね、延命措置はいらないよ。さっさと逝きたいからね」

東日本大震災の発生後に起こっていた母の欝症状は、死への恐怖ではなく「戦争体験の恐怖のよみがえり」なのだと判明した。

 

「四国巡礼のお遍路さんに行きたい?
あんたとは行かないね、満(叔父)さんとなら行ってもいいけど」

      親孝行 したくないほど 母元気

 



プロテスタントのメソジスト派教会を創設したジョン・ウエスレーの妻は、悪妻で有名だった。
「ウエスレー氏にとって、妻は大きな棘だったが、彼自身の人格を練り聖め、より一層神に祈らせるために有益となった。
聖霊と愛の人(ウェスレー)にこの妻あり」

とまで言われていた。
今、高僧伝「釈迦」を読んでいるが、彼の奥さんも大変傲慢で我侭な悪妻だったらしい。
だからこそ、釈迦は出家し、偉業を成し遂げた、と言われている。
だから、なんだというのでしょうか?いえ、別に・・・・・。

大聖人 能(あた)はざるなり 夫婦仲

 

 

このことを、同じく仏教の本を読んでいるロクさんに伝えると、「君の頭部の一部は、既に十分出家しているではないか?」とメールの返事がきた。

 

         高僧に 髪のみ近づく わが俗世

 

ミニOB会で大先輩のA村さんは、「わしも・・いろいろあったが、離婚休戦中じゃ」と言った。
(離婚休戦中って?)
70歳を過ぎて体の弱い女房は施設に入っていたが、突然裁判所から呼び出され「奥さんが離婚を要請している」と言われた。
理由も判らんし頭に来たが、弁護士と相談して慰謝料300万円用意した。

ところが、また突然「休戦しよう」といってきた。
子宮頸がんが見つかってこれから手術だから治るまで休戦したいという。
身勝手さに頭に来たが、わしも胃がんだったので受け入れた。
ただ、女房の方はそのまま先に逝ってしまったので、休戦中のままになっとる。

調停を 来世に持ち込む 離婚劇

       

 

(やはり、女性問題でしょうか?)
違う。浮気はしたが、そんなこと男だから当たり前だ。女房には全部言ってある。

隠れてこそこそはせん!やせても枯れても九州男子だ。

金もちゃんと渡しとったし、理由は全くわからん!

 

この辺が KY代表 九州男児

 


(奥様は先輩を愛しておられたのでは?)
わからん!突然勝手に離婚宣言して、突然勝手に休戦宣言した。
でも、病室でしっかり手を握ってやって・・・最期を看取った。
        

決着は 彼岸でつけよう 待っとけよ

 

 (返歌) 先に逝き ホッとしてます 来ないでね

 

 

 

夏の終わりの午後、今年初めてのプール(屋外)に行った。

シャワー浴び、すぐにプールの端から水に身を沈めた。水はひやりと冷たい。
  太陽を反射してきらきら光る水
  遠く聞こえるセミの鳴声
  青い空に白い入道雲
さて、ひと泳ぎ、と思って唖然とした。忘れていたが私は六十肩で、左腕が動かないのだった。右腕だけで泳ごうとすると、ブクブクと体が沈んでゆく。
仕方ないので、他の高齢者の方々の後を・・・30分歩いて帰った。


          黙々と プールで三途の 川渡り (・・といわれているらしい)

 

 

 

 

夏が去り・・・虫が鳴く秋となったが、外来種もいるらしい。

 

                 中国産? ああ煩いな 虫のこえ