09 Apr. 2016

京のお花見旅行(1)平等院   

T.H.

花冷えの残る4月1日(金)の夕方、
「いつかは京のお花見旅行を・・・」の願いが叶い、
東京駅からのぞみ123号で出発しました。




「金曜夜から行けば2泊旅行」今度もやってみました。




京都駅でJR奈良線「みやこ路快速」に乗り換えます。




東福寺や伏見稲荷最寄駅を経て
17分ほどで人影もまばらな夜の宇治駅に着きました。




近くの宿に落ち着きほっと一息。
初めての洛南ですが、ずいぶん遠くまで来たような感じが・・・。


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一夜明けて4月2日(土)。
やや曇り空でしたが
2階の窓から宇治川と、雅やかな赤い橋が見えました。
窓辺の桜が満開です。




1階のロビーからの宇治川の対岸の眺めです。
現在洪水対策の大掛かりな河川工事中で
グリーンのネットがかかっています。



もうお花見気分です。




朝食後早めに宿を出て宇治川に沿って歩きます。

5分ほど川べりを歩くと、「平等院入り口」の表示がありました。
ここから入って行きましょう。




平等院表門に着きました。
8:30の開門はまだですが、既に行列が出来始めています。







さてチケットを買って入場後、
まずは鳳凰堂内部拝観の予約をとるため鳳凰堂脇の券売所に並ばないと。

拝観は1回50名、堂内での解説は20分、
有名な阿弥陀如来は入場しなければ見れないとあって
頑張って走り、最初の9:30の拝観券を何とかゲットしました!




鳳凰堂の拝観時間まで、平等院の中に点在する建物を見て回りました。





《平等院ミュージアム鳳翔館》

モダンな外観のミュージアムです。




入り口から展示室までの素敵なアプローチ。




「雲中供養菩薩像」国宝

鳳凰堂内の壁に掛けられている52体の雲中供養菩薩像
かつては供養天人と呼ばれ、雲に乗って思い思いのポーズを取っています

現在は26体づつ鳳翔館と鳳凰堂に分けて展示されています。
ここの展示も半分の26体は複製ということになりますが
素人目には判別できないほど精巧に造られています。

                                     参考画像
http://www.byodoin.or.jp/ja/hoshokan.html



「鳳凰」(国宝 平安時代 11世紀)

2羽の鳳凰は約1mの高さの金銅製で
仏師定朝のデザインによるものと伝えられています。
鳳凰堂の南北の大棟に据えられていましたが
大気汚染による錆害から守るため、取り外してここで保管されています。

                                  参考画像


現在大棟に設置されている金色の複製の鳳凰。





「梵鐘」(国宝 平安時代 12世紀)

約2mの高さがあり、その美しさは古くから「姿の平等院鐘」と云われ
天下の名鐘として有名でした。

地文の上に鳳凰や天人の舞姿が描かれています。

                 参考画像


こちらは鳳翔館の脇にある鐘楼( 梵鐘は複製)です。





《源頼政公の墓》

平氏政権下での源氏の長老だった源頼政(1104〜1180)は
治承の役(1180年)の宇治の戦いで平家軍と戦いましたが敗れ、
平等院で自刃しました。

源頼政 MOA美術館蔵  参考画像


平等院内の最勝院境内にある頼政の墓所です。





《観音堂》重文 

創建時の本堂跡に再建(鎌倉時代前期)されたもので、
天平以来の格式を感じさせる建物でした。

隣接した藤棚は5月には見事な花を咲かせるそうです。





《鳳凰堂内部拝観》

いよいよ9:30。今や遅しと鳳凰堂脇に集合して
これから建物の右端から入ります。

ここで堂内の戸や柱に触ったり、もたれたり、手荷物が触れたりしないようにと
詳しく注意を受けます。




太鼓橋を渡りながら真近で見る鳳凰堂。
さすがに素晴らしいです。
ここから先は撮影禁止でした。




鳳凰堂の中で解説を聞きました。
 
平等院は摂政藤原道長(966〜1028)の宇治の別荘を引き継いだ
息子の関白頼通(992〜1074)が
1052年に仏殿としたことに始まるそうです。
                                             
    
                                                         藤原道長(前賢故実より)            藤原頼道(平等院木造の模写)



この頃仏教では末法思想が
貴族や僧侶をはじめ、社会の各層の心をとらえ
極楽浄土を願う浄土信仰がひろがっていました。

翌1053年には阿弥陀堂(鳳凰堂 国宝が建てられ
仏師定朝作の木造阿弥陀如来坐像(国宝 頭部から膝まで約3m)が安置されました。

経年で見えにくくなっていますが、仏の来迎を描いた14面の壁扉(国宝)や
細密な彫刻や螺鈿や飾り金具などで装飾された天井や天蓋(国宝)、
また壁の上部に掛けられた52体の雲中供養菩薩(国宝)など、
人々は地上に極楽浄土を見る思いがしたことでしょう。

                               木造阿弥陀如来坐像 定朝作 参考画像
http://www.geocities.jp/saitohmoto/hobby/gakki/Byodoin/Hououdo.JPG



雲中供養菩薩は
堂内で見ると、古びてはいますが
当時の工人の想像力や造形感覚に改めて感心させられる素晴らしいものでした。



                                    参考画像
http://matome.naver.jp/odai/2125404656728288694/2125427269546900893



その後藤原一門により境内に建立された平等院の多くの堂塔は
治承・寿永の乱(1180〜85)や楠木正成宇治放火(1336)により退転、焼失し、
奇跡的に鳳凰堂だけが残りました。

こうして今に伝わる平等院の建築、仏像、絵画、庭園は
世界遺産に指定されています。



《鳳凰堂と庭園》

鳳凰堂阿字池に浮かぶ島の上に張り出すように建てられ
朝日を浴びて輝くよう東向きに配置されています。

華麗なお堂が水に映る姿に極楽浄土を表現する平等院の庭園様式は
浄土式庭園として有名です。




創建当時、建物は阿弥陀堂と呼ばれていましたが
鳳凰が羽を拡げたような姿を連想させることからこの名が付いたとされ
中堂、北翼廊、南翼廊、尾廊に分かれています。







左右の翼廊には部屋はなく、
阿弥陀仏や雲中供養菩薩、室内装飾はすべて中堂に集められています。




中堂の正面の開口上部には丸い窓が設けられ
内部の阿弥陀如来のお顔が建物の外からも拝めるようになっています。




鳳凰堂は2年間をかけて平成26年に修復が完了し
新しく塗り直されました。




ところでここで修復前の鳳凰堂も見てみたくなり
修復後と比べてみました。
どうでしょうか・・・。

                  修復前             参考画像

修復後



両方とも捨て難いというか・・・。




今回初めて平等院へ行きましたが
平安時代の美しさ、優雅さ、明るさを十分堪能しました。





こうして平等院を後にし
宇治川に架かる橋とその周辺を巡ってみました。




《喜撰橋》

喜撰橋から川の中州の塔の島へ渡ります。
前方に高い十三重石塔が目に入ります。




橋の上から遊覧や鵜飼のための舟だまりが見えます。




この十三重石塔は高さ15m、現存する日本最古の石塔だそうです。
鎌倉時代、宇治川の氾濫と橋の流失が度重なったため、
魚霊の祟りを鎮める供養塔として建立されたと伝えられています。

しかし1756年の大洪水で再び石塔が倒壊し
150年後の1907年に再建されました。




枝垂れ桜の周囲では陶器市が開かれていました。






《朝霧橋》

次は朝霧橋を通って宇治川の対岸へ渡ります。
川面にできる美しい波模様に見とれるようでした。




対岸に立つ宇治神社の鳥居の奥にある宇治上神社に向かいます。




しばらく歩くと宇治上神社の鳥居が見えてきます。
明治時代までは宇治神社と宇治上神社は二社一体でした。

祭神は、莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)、
その父応神天皇(15代)、
及び異母兄仁徳天皇(16代)
記紀には莵道稚郎子は自害して仁徳天皇に皇位を譲ったとあります。




神社の入り口はこのように小さく、親しみが持てます。




拝殿(国宝)鎌倉初頭

境内正面の拝殿(国宝)は鎌倉初頭のもので、寝殿造りの様式を伝えています。




拝殿の背面は、より神殿造りらしい優雅な眺めでした。
特に桧皮葺の屋根の美しさは格別です。




本殿(国宝)平安時代後期

本殿は、平安時代後期に建てられた、現存するわが国最古の神社建築です。
三棟の内殿を一列に並べて、共通の覆い屋で覆った特殊な形式の建物で、
1994年に世界遺産に登録されました。




左が拝殿、右が本殿です。
それぞれの時代の特徴を備えた屋根の美しさが印象的でした。





《宇治橋》

宇治上神社から再び宇治川沿いに戻り
源氏物語「宇治十帖」や古今和歌集にも登場する宇治橋にやってきました。

こちらは宇治橋から見た上流の景色で、中央は中の島です。
左の赤い橋が「朝霧橋」
右の手前が「橘橋」、奥の赤い橋が「喜撰橋」です。




宇治橋は伝承では646年に架けられたといわれます。
現在の橋は20年前の1996年に架け替えられました。
高欄はヒノキ造りになっています。




宇治橋の東のたもとにあるこちらの通圓茶屋は、
創業1160年(平安時代!)で、現在の当主は23代目、
建物は1672年築の遺構を残しているそうです。




元祖は源頼政の家臣で宇治の合戦で討ち死しますが
子孫は代々通円の姓を名乗り、宇治橋の橋守を務めながら茶屋を営みました。



7代目は一休和尚と親交厚く、
8代目は茶坊主として足利義政に仕え、
10代目は豊富秀吉のために宇治川の水汲み役を務めたそうです。
また徳川家康もこの茶屋に立ち寄った記録があるなど、
なんとも華麗なお茶屋さんですね。
http://www.tsuentea.com


皆さんが食べているのは名物の茶団子です。
あっさりした甘さでいくつでも入りそう。
この近辺は宇治茶の銘店がほかにもたくさん並び
和洋のスイーツも人気を集めていました。





それではそろそろ宇治に別れを告げて・・・


目の前の京阪電車 宇治駅から・・・




次の目的地まで急ぎましょう。



ー続くー