08 Apr. 2016

「ヴィーヴァメヒコ (その3テオティワカン遺跡あたり)」・・・・・京都のリンダ

さて、今日は少しメキシコシティ観光をしてその後遺跡に行きます。

遺跡に行く前に少し歴史のお勉強を

メキシコ人はモンゴロイドらしく元々はユーラシア大陸とアメリカ大陸が繋がっていた頃に
ユーラシアから移住してきたそうです。因みに蒙古斑もあるらしい。

その後オルメカ文明(紀元前1200年~西暦400年)、マヤ文明(紀元前600年~西暦1540年)、
地域が異なる為並行してテオティワカン文明(紀元前100年~西暦600年)、トルテカ文明(900年~1168年)
アステカ文明(1350年~1521年)という多彩な文明が発達した。

その後スペインが侵略し植民地(1519年~1810年)となった。

独立戦争(1810~1821年)を経てメキシコ帝国が成立したが混乱は続きメキシコ合衆国
メキシコ共和国となっていった(1846年まで)。

その間もとはメキシコ領だったテキサスが共和国として独立(1836年)したり、米墨戦争(1846~8年)
で負けカリフォルニア等リオ・ブラボー川以北をアメリカに割譲、喪失した。

その後もフランスの内政干渉が有ったりしたが、1866年に主権を取り戻しメキシコ革命(1910年~20年)
を経て現在に至った(その間も色々あり)とのことで、大変な歴史を持つ国でした。

これだけ調べるのにも少し案内書見たりネットで調べたりこちらも大変でした。

あー疲れたけど、レポート頑張りまーす。


憲法広場に向かう途中、何の建物か忘れたけど立派だ。



青いタイルの家。昨日行ったプエブラのタイルを使った綺麗な建物で、中はレストランらしい。
日本の支倉常長が滞在したという話も。



こちらが勝手に思ったのだが、このスタイルはアールヌーボー調ですか?



憲法広場(ソカロ)に着きました。200m四方で赤の広場、天安門広場に次ぐ大きさだそうな。



これは州議会と市議会だったと思います。




国立宮殿。アステカの宮殿後にスペインが建てたもの 




カテドラル・メトロポリターナ、昔の神殿の石材を使ったもので240年かけて作られた。



町並みもコロニアル風 



テンプロ・マヨール、アステカの首都テノチティトランの中央神殿の遺跡でまだ発掘中。




先ほどの教会の側面。ここらは地震の後遺症で建物が波打っています




カテドラルの中。何となく傾いています



立派なドーリア式の柱



祭壇も立派です




これはパイプオルガン



この彫像はグアダルーペの奇跡(マントにマリアの顔が映ったという)に基づいたものです。



ここの地下には昔の遺跡が残っています




広場の一角ですが、有名なテキーラはリュウゼツランから、昔はハンモックの材料も似たサボテンからだった、とか。



テキーラ・メスカル博物館、この近所でマリアッチの演奏も盛んらしい



三文化広場、アステカ、スペイン、現代の3つの文化が集まっている。




ここにも壁画があります




グアダルーペ寺院(教会なのにどの資料を見ても寺院と書いてある)、メキシコシティ最大の寺院。
前に書いたグアダルーペの奇跡が起こった所



これは褐色で黒髪のマリア



その中ですがお説教中、沢山の信者が




寺院の前の広場




これは昔の寺院、ここも地震で傾いています。




この上の丘にマリアが舞い降りたそうです




このようにしてマントにマリアが映った 



次の目的地へ移動ですが、途中の山肌に家が沢山、色とりどりでした。




昼食にも先住民のダンスショー付き




加えて再びマリアッチも




ここのウエイトレスと、少し女優のハル・ベリー似?



いよいよ遺跡着です、ここはテオティワカン遺跡。この文明は紀元前後に栄えたらしい。




先ずはケツアルコアトルの神殿跡




しっかり残っています




極彩色の絵も残っている




色んな跡




外に出ると多数のピラミッド




月のピラミッド




何とか登ってみましょう



制覇!!広い通りは死者の道、幅60m長さ3300m、呼称は後のアステカ人がピラミッドを墓と間違った為




リンダママも頑張りました!




帰りはもっと大変。高所恐怖症のため怖いんだもん!



死者の道を歩きます



途中にジャガーの宮殿、絵がしっかりと残っています



最大の太陽のピラミッド。224m四方、高さ64m。



ここもチャレンジしましょう



上からの眺め



先ほどの月のピラミッドが小さく見えます。



もう一度目に焼き付けて。



最初の遺跡で度肝を抜かれました、この後足がパンパンになっていきます
きっとオッカナビックリで昇り降りするために変な所を使ったためでしょう。

この後も幾つかの遺跡が登場します、またお付き合い下さい。

つ・づ・く